第5話 だから私は町に出掛ける~sideクラリス~
レニーの町。
シャーレット領内にある街の中でも、王都から最も近いこともあり、かなり賑わいがある町だ。
王都で働く人々が多く住んでいる、前世でいうベッドタウンみたいなものね。
シャーレット家の邸宅はレニーの町の郊外にある。裏口のドアから邸宅を出ると、雑木林に囲まれた白い小道が続く。
道なりに歩くと今度は狭い路地に入り、更にしばらく歩くと大通りに出る。
その瞬間、世界は広がった。
わぁ、賑やかなところね!!
思った通り食べ物のお露店も沢山出ているし、美味しそうな果物も売っている。
まず最初に行かなきゃいけないのは銀行ね。
どこにあるのか分からないので、雑貨を売っている露店のおかみさんに尋ねてみることにする。
「あの……銀行ってどこですか? 銀行の前で姉が待っている筈なんですけど、銀行の場所が分からなくなって」
平民の身なりをした十七歳の少女が銀行に行くというのは、さすがに言いにくかったので、尤もらしい理由を言って、銀行の場所を聞き出すことにする。
「ああ、それならこの道をまっすぐ言って二番目の脇道を曲がった所にあるわよ」
「ありがとうございます」
おかみさんの言うとおりの道順を歩いていると、暗い路地の壁に座り込みぶつぶつと言っている男の人や、ボロボロの布をかぶって鉢を持ったさらを持ち上げる女の人、道の端で眠る老人もいる。
平穏な生活をしている平民がいる一方、家がない、仕事がない、居場所がない浮浪者たちもいる。
ひどい経済格差ね。お父様はちゃんと対策をしているのかしら?
そんなことを考えながら、銀行の前に着いた私は銀行の扉を開けた。
前世の銀行とよく似ていて、窓口が合って貴族や商人がやりとりしている光景が見られる。
ロビーの壁際には、いくつかの区切られたスペースがあって、そこには丸テーブルと金の台座にのった水晶玉がある。その水晶玉に手を乗せ、必要な金額を思い浮かべると、丸テーブルにお金が現れる。
いわゆるATMみたいなものね。
自分の足で街に出たのは初めてだけど、一度だけお母様にここに連れてこられて、私の手を記録する手続きをとったのよね。そして水晶玉を手に当てるとお金が出てくるようにしてくれた。
あの時からはお母様、この先自分は長くないと自覚していたから、私のことを案じて、いざとなったらお金が引き出せるようにしてくれたのだと思う。
とりあえず、千ジーロ札五枚、五千ジーロ分を引き出して、ワンピースのポケットに入れておく。あ、ジーロは通貨単位のことね。
千ジーロ札は前世の千円札とよく似ていて、お札に偉人が印刷されている。
未成年の内は、大金をおろすことは出来ないけれど、この程度だったら問題ない。上限二万ジーロだったかな。でもそこまではいらないので、必要な分だけのお金を出して銀行を出ることに。
さーてと、まずは雑貨屋さんに行こうかな。
お金を入れる財布とバッグを買いましょ。道を案内してくれた御礼も兼ねて。
「おや、お姉さんに会えたのかい?」
「お陰さまで会えました。ありがとうございます。あの、実は自分用の新しい財布とバッグが欲しいんですけど」
「今、若い女の子に人気の品はこの辺だよ」
おかみさんが指差す商品は、パステルの布地を使ったバッグや小物だ。
わぁ、可愛い。この巾着袋、ピンクの布地に白い糸で蔦柄の刺繍がしてある。
それにこのお財布、ビーズの花がキラキラしていて綺麗。こっちの鞄はパッチワークで出来ているんだ。
高い材料で作っているわけじゃないけど、刺繍も凝っているし、色合いも綺麗。うちにある宝石をちりばめた煌びやかなバッグよりも、こっちの方が好きだな。
私はピンク色の巾着型の財布と、大きめの肩掛けバッグを買うことにした。
「一九〇〇ジーロだよ」
私は二千ジーロをおかみさんに渡す。おかみさんがおつりを用意している間に、ポケットの中に入れていたお金を財布の中に入れておいた。
おつりを受け取って、それも財布に入れてから、おかみさんに美味しい食べ物が売っている店やいい薬が売っているお店の名前をいくつか聞き出した。
さて、最初に来たのはパン屋さん。
おいしそうなバケットが置いてある~~!! 木の実パンも美味しそう!! それにまん丸な白いパンも。あれがうわさのハ○ジの白パン!? あ、ここは異世界だったわ。落ち着いて、私。
とりあえずバケットと木の実パン、そして、ふわっふわな白パンを袋に詰めてもらい、焼きたてのロールパンを食べ歩きすることにする。
ふぁ~、あつあつのロールパン最高に美味しい!!
それから出店で売られている串肉や串フルーツも堪能する。
ああ……幸せっっ!
それからお菓子屋さんに寄って焼き菓子を買った。
あとお薬や栄養補助食品も買っておく。前世のような小さな錠剤やカプセルじゃなくて、ビー玉くらいのお団子が瓶のなかにたくさん詰まっているんだけどね。遠征の兵士が食するもので、近年庶民の間でも手軽に栄養補給が出来ると評判らしい。
家じゃろくなもの食べさせて貰えないから、こういうもので栄養を取っておかなきゃ。
そうこうしている内に公園の時計台に目をやると、小一時間どころか、一時間過ぎていた。まぁ、大丈夫でしょ。今日の私は家族も使用人もがん無視状態だし。
でも、早いところ家に帰った方がいいわね。
帰りたくないけど、帰らないとね。
窓からこっそり部屋に入り、普段着用のドレスに着替えていた所、ノックをする音が聞こえた。
部屋の鍵を閉めていたので、私は鍵をあけドアを開ける。
目の前には不機嫌そうな初老の執事のトレッドが立っていた。年齢は五十代半ばくらい? 見た目は映画俳優のように端正だけど、性格は私からしたら最悪。
トレッドは、使用人の中でも格別に私に当たりが強かった……というよりも、お父様と同じくらい、ナタリーのことを溺愛している。元々お義母様が連れてきた執事だから、前妻の娘である私は敵視以外有り得ないみたい。
私は訝しげにトレッドに声を掛ける。
「何?」
「旦那様がお呼びです」
「え……!? 王妃様のお茶会に行ったんじゃないの?」
「私は存じかねます。とにかく、旦那様が玄関でお待ちですから」
トレッドは足早に私を玄関まで案内する。女性の歩幅なんか一つも考えやしない。
しかも「何故……何故、王室はナタリー様のどこが気に入らなかったのか」と、ブツブツ呟いている。
一体何なの? お父様が玄関で待っているってどういうこと?
訝しげに首を傾げながら玄関を出ると、お父様は顔を蒼白にして私に駆け寄り乱暴に手を引っ張った。
「行くぞ! お茶会に」
「へ……何故、私が!?」
「知るか!! 王子が……第一王子は見る目がないのだ!! ナタリーよりもクラリスがいいだなんて有り得ない。殿下は、貴様の噂を聞いている筈なのに」
思わず間抜けな声を漏らす私に、お父様は苛立たしげな声で吐き捨てた。
というか、今、娘に向かって“貴様”って言ったよね、この人。
あー、クズい。本当にクズいわ、この親父。そのバーコードの髪、炎の魔術で燃やして無毛地帯にしてやろっかな?
第一王子って、エディアルド王子のことよね?
小説の主人公であるアーノルドの命を狙う悪役。顔はいいけれど、優秀な弟に比べてとんだ馬鹿王子だった。
いやいやいや。
エディアルドの登場は、ヒロインであるミミリアが登場した後だった筈。小説によるとアーノルドと同様、彼もお茶会には参加していない。
エディアルドもまた、傲慢なクラリスと会うのを避けていたからだ。
悪役令嬢と悪役王子は、自分の利害の為に共闘はしているが、お互い仲間とは思っていない。むしろ嫌い合っている関係だった。
主人公とヒロイン不在のこの状況で、エディアルド=ハーディンは、一体私に何の用があるのだろう?
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