第3話 悪役令嬢の知られざる実情①~sideクラリス~

「クラリス!! また身勝手な事を言ったそうだな。ナタリーをお茶会につれて行かないとは、意地が悪いにも程がある」


 …………私の父親って何歳だっけ?

 えーと、確か四十歳か。いい大人よね。どう考えても。

 あんたも貴族の一員だったら、ナタリーを連れて行けないことぐらい分かるでしょ? 

 泣きついたナタリーに、頭に血が昇っているのね。


「お父様、ですが急に人数を増やすことは出来ないでしょう? 私しか招待されてないのですよ?」

「……っっ!?」


 冷静に答える私に、父親は目を剥く。ああ、まさか口答えされるとは思っていなかったか。まぁ、記憶が蘇る前は理不尽には思っていたけど、言い返すほどの勇気がなかったものね。


「だ、黙れ!! だ、だったらお前の代わりにナタリーを連れて行くっっ!! アーノルド殿下だってお前なんかより可愛らしいナタリーの方が良いと思うに決まっているからな」



 こんな調子でね、最終的には私が悪いってことにされるの。

 小説にもお茶会の描写があったけれど、まさかこんな裏舞台があるとは知らなかったわ。

 本編には書かれていない悪役令嬢の実情ってとこね。

 小説では確かお茶会には、クラリスが行った筈だけど、この状況でどうやって私が行くって事になるのかな? あ、もしかして私が口答えしちゃったから、流れが変わったのかも?  

 だったらチャンスじゃない!?  


 小説の展開と違うの行動を取ればいいんだっっ!! 



「承知しました。お父様。王妃様のお茶会に愚昧な私では荷が重いと思っておりました。是非っ!! 私の代わりにナタリーをお茶会に出席させてくださいませ」

「む……むう。やけに聞き分けがいいな」


 殊勝な私の態度と、是非という言葉を強調したことで、有無を言わせないようにした私の答えに、お父様もこれ以上何も言えなくなった。ふう、単純な人で助かったわ。

 今回は王妃様主催の、王族の婚約者候補が招待される重要なお茶会。普通のお茶会と違って、勝手に代役を立てていいわけじゃないのだけど。お父様、そこの所は、ちゃんと分かっているのかな――ま、どうなっても知らないけどね。


 お母様が亡くなって、程なくして後妻としてここに来たのが、ベルミーラ男爵令嬢。既に同い年の妹、ナタリーもいたのよ。つまり母と結婚しておきながら、彼女も愛人にしていたってことね。


 そのベルミーラが来てからは、前妻の子供である私は蔑ろにされるようになり、父親にも相手にされなくなって、使用人からも無視されるようになった。

 初めて私に与えられた一人部屋は、かつて物置だった場所。天井も壁紙もくすんでいて、部屋全体も薄暗い。

 ベッドもギシギシと鳴る古いもの。


 一方ナタリーは広い部屋を与えられ、部屋の中には可愛い縫いぐるみや、オモチャも置いてあり、沢山の本もプレゼントされていた……あ、本だけはいらないって言って、私にくれたけどね。お陰で読書には事欠かないし、買ったらお高い魔術書もすぐに手に取ることができる。

 でも本当に助かったわー。

 どうせお茶会に行ったところで、アーノルド殿下は仮病で欠席なんでしょ? そんなの行ってられないわ。馬鹿らしい。



「お嬢様、お水とお茶菓子を持って参りました」


 ドアをノックしてから入ってきたメイドのカーラ。

 お盆の上にはコップ一杯の水と生の芋が乗ったお皿。

 前世のサツマイモとよく似たイモ。紫色の皮で細長い。もちろんだけど、生で食べるものじゃない。


「たっぷり召し上がってくださいませ」


 意地が悪い笑みを浮かべ、机の上にお盆を乱暴に置くメイドのカーラ。

 あーあ、コップの水が零れているじゃない。

 私はにこやかに笑って言ったわ。


「ありがとう、カーラ」

「……」


 戸惑う表情を全く見せない私にカーラは眉を寄せる。あら、期待に添うリアクションが出来なくて悪かったわね。

 彼女は「何よ、どうせ残すくせに」と小声で吐き捨ててから、部屋を出て行った。

 記憶が蘇る前だったら、この生のサツマイモ(みたいなイモ)を、焼くという発想すらなかった。出されたものを我慢して囓っていたけど、前世の記憶が蘇った以上、そんなことはしないわよ。

 私はイモに向かって人差し指を向け、炎を呼ぶ呪文を唱える。


「ミリ=フレム!」


 次の瞬間、お皿にのったイモは小さな炎に包まれてパチパチと音を立てながら程よく焼かれていく。

 うーん、いいにおいになってきたわ。

 魔力も加減しているから、狙い通りほどよい焼き加減になったわ。

 美味しそうな焼き芋、いただきますっっ!! 

 一口食べるとほくほくした食感、あまーい味わいが口いっぱいに広がって幸せ~。

 あー、せっかくだから、お水じゃなくて、お茶も欲しいわよね。

 メイドたちはどうせ私のことを無視するから、自分で淹れることにしよう。



 私は厨房に行くと怪訝な顔をする料理人たちを尻目に、棚からティーカップとティーポットを手に取った。

 料理長が苦々しい顔をして私に言ってきた。

  

「お嬢様、勝手に厨房に入られたら困りますよ。お茶を飲みたいので有ればメイドにでも言って」

「そのメイドが私のことを無視するので、私が自分でお茶をいれているのですが?」


 じろりと鋭い眼差しを向けると向こうはたじろぐ。まさか私がそんな反抗的な返しをしてくるとは思わなかったのだろう。



「いや……だけど……お嬢様じゃ紅茶を淹れることはできないはず」


 そうね、料理人たちは私が紅茶をいれる所なんて見たことがないでしょうね。お茶の入れ方はお母様から叩き込まれたし、前世でも紅茶に凝っていた時期があったからお手のものだ。

 ただ自分で厨房に行ってわざわざティーセットをとってくるという発想まではなかった。お茶を淹れる一つにしても、結局お母様が生きていた時は、全部使用人にお膳立てしてもらっていたのよね。

 私はにっこり笑って料理人たちに言った。


「ご心配には及びません。お湯をいただけるかしら?」


 料理人達は戸惑いながら顔を見合わせる。やがて一番年若い料理人が、恐る恐ると湯が入ったケトルを私に手渡した。

 ティーポットに湯をそそぎ、それをお盆の上にのせる。それとティーカップも。

 手慣れた様子でお茶の準備をする私に、料理人達は呆気にとられる。ちなみに料理長は、悔しげに舌打ちをしている。

 砂糖とミルクもトレイの上にセットして、あとはこれを部屋に運ぶだけ。


「あ、あぶないから私が持ち」

「馬鹿……お嬢さんの手助けをしたら、俺が奥様に罰せられるっっ」


 手伝いを申し出る料理人を、料理長が慌てて引き止める。

 そうね、私に味方をした使用人は、全員、お義母さまに解雇されたんですものね。自分も二の舞にはなりたくないのだろう。


「大丈夫。一人で持てるわ。気遣ってくれてありがとう」


 私は手助けをしようとしてくれた料理人に笑いかけた。

 彼は料理長の後ろで、照れくさそうに笑っている。まっすぐな目をしたいい人ね。

 それに比べ、料理長の目は淀んでいるわ。前世にもいたわ、ああいう人。自分の考えがなくて、上に媚びてばかり。お義母さまにとっては、自分の命令どおりに動いてくれる都合がいい人。

 生の芋を用意したのもこの人だ。昨日のお茶菓子は日にちがかなりたったケーキだったわね。

 食事も私のスープだけ薄かったり、反対に辛かったり、それならまだいいけど、泥がついたサラダには参ったわよ。

 全部、義母とナタリーの命令で、あの料理長が用意したのよ。

 料理に不服を言うと「何て我が侭な子なんだ!!」って、お父様に怒られるのがオチだから、文句を言わずに食べることにしているわ。

 だけど泥がついたサラダはさすがに食べるわけにいかないから、自分で洗いに行ったわよ。使用人たちがそんな私の姿をせせら笑い、お父様は食事中に立ち上がるなんて行儀が悪いって怒るし。

 部屋に戻った私は、お茶を飲みながら、今日の夕食もそんな食事をしないといけないのかと思うとうんざりした。

 あ、そうだ。

 ナタリーから貰った魔術書に書いてあったわよね?  

 汚れや菌を取り払う清浄魔術、クリアード。

 あれが使えるようになれば、わざわざ洗いに行かなくてもいいじゃない? 

 私はさっそく床に積み上げている本を手に取り、黙々と読み始めた。

 ふむふむ、対象物が綺麗になるイメージを思い浮かべ、ピュア・クリアードという呪文を唱えることで、身体に備わる魔力をエネルギーに魔術を発動させるわけね。

 とりあえずこの飲み終えたティーカップを綺麗にしてみようかしら?

 

「ピュア・クリアード」


 試しに唱えてみるとティーカップ汚れがたちまち消える。

 お茶を飲んだ形跡が一つも無い。ただ、綺麗にはなったけど、まだくすみが残ってるかな?

 魔術を発動させるには掌に魔力を集中させる必要があるのだけど、集中させる魔力の量が少なかったかな。

 とりあえずもう一回やってみることにしよう。時間はいくらでもあるのだから。


「ピュア・クリアードッ!」


 魔力を集中させすぎたのか、今度は新品同様に綺麗になってしまった。あ……そうだ、この魔術を使って色んな所を綺麗にしてみようか。

 例えばベッドのシーツとか枕、それにほこりっぽいカーテンも! 

 私はお掃除を兼ねて、清浄魔術の練習をすることにした。お陰様で部屋の中はピカピカ……という程じゃないけれど、埃も消え去ったから、スッキリしたわよ。

 その時私の腹時計が、夕食の時間を知らせてきた。

 使用人が呼びに来ることはないから、自分から食事の間に行くしかない。

 

 ――家族との食事が一日の中で一番憂鬱なのよね。



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