第19話

「ね、ねえ。これ、すごく恥ずかしいんですけど」


 冬の朝。

 夜明けというのはすぐにやってくるもので、もう東の空には太陽の頭が出てきている。


「ねえ……聞いてる?」


 そういえば、天気予報によれば今日には雪が降るらしい。


 おまけに、どうやら積もるみたいだった。


 去年は雪は降らなかったが、今年は降る……となると、童心に帰った気分になってちょっとわくわくしてくるのはたしかだ。


「ちょっと、真堂君?」


 そのときは、永井さんを連れて散歩をするとかいいかもしれない。


 ……まあ、その前にいろいろと問題は山積みになっている。

 それをまず解消せねばならないだろう。


 白河坂を上りながら、解消すべき問題を一つずつ数えていく。


「こらっ」


 ぱかん、と頭を叩かれる。


「な、なにをするんですかっ」

「なにをするんですか、じゃありません。ほんと、大人をからかうなんて生意気になったもんよね」

「べつに俺はからかったわけじゃ、」

「からかってるとしか思えないわよ、こんな姿」


 うーむ……どうやらおんぶされていることが不服らしい。


 疲れてるだろうからっていうのと、単に俺がやってみたかったという理由で永井さんをおんぶすることになった。


 だが、どうも気に入らないらしい。


「べつにいいじゃないですか、これも一つの経験として」

「……そういうことじゃなくて」

「ん?」

「いや、だから……そっち、疲れたら遠慮なくおろしていいから……」

「──ああ」


 そういうことか、と俺は頷く。


「大丈夫です。ぜんぜん重くないですよ、永井さん」

「う──すぐそういうこと言う」


 でも、そのちょっとトーンの上がった声色からして、べつにまんざらでもなさそうだった。


 そのことに少しうれしくなって、思わず唇の端がつり上がるのをおさえる。


「なにうれしそうにしてるのかしらね」

「あ、ばれました?」

「ばれました、じゃない。……まったく」


 最後にくす、という声がもれたのを、俺は聞き逃さなかった。


 それにつられてはは、と笑ってしまう。


 そしてまたそれに永井さんがつられて、笑う。

 俺たちは笑いあうことで、お互いの気持ちをすり合わせた。


 灰色の曇り空。

 頬を撫でる朝の風。

 背後にはぬくもり。


 冬になるとやっぱり、人肌が恋しい。



 俺たちはそのあと、屋敷へ無事に帰ることができた。


 永井さんは一度シャワーを浴びて寝ることにした。


 俺は永井さんのあとでシャワーを浴びて、自分の部屋へ帰った。

 どうせ今日も学校は休みだ。朝五時の時点で眠ってしまっても問題はない。


 いや、そういえば執事のアルバイトがあったことを忘れていた。


 ……でも、まあ。


 現実的に考えると、どう考えても俺がその先の未来を歩くのは無理だ。


 どう考えても、たった一日だけの短い人生になる。


 どの場合パターンをイメージしても、そうなる。


 だがそれはあくまで、白河家の救済を視野に入れた場合だ。

 その条件で絞りこまなければ、俺が生存することなんて容易い。


 だが──この家のひとたちには、多くの借りがある。


 それを清算させたい。


 そのなかで、なんとか生きていけるための道を選べばいい。


 そんな道が残されているかはわからないけど、ないわけじゃないはずだ。

 俺が必死になってそれを探していけば、きっとどこかにあるはず。


 俺はそのことを考えながら、目覚まし時計のタイマーをセットし、一時間後には鳴るようにした。


 眠りにつこう。


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