白河宗助の手紙。

  余談


 春になり、俺は実家に帰ることとなった。携帯ですればいいだけのことを、わざわざ手紙にして白河邸まで届けてきてくれたのだから、相変わらず変なところで頑固なところがある。

 まあ、そういう意味では安心ではあるが。

 俺は春休み中の二日間を使って、真堂家に泊まることにした。当主にはもう許可をとっている。

 真堂邸の前まで来て、俺はその建物を見上げた。太陽がまぶしいので、額まで腕をもってきて光を防ぐ。

 なつかしい、と俺は胸中でつぶやいた。まさにここは自分の場所と言える場所。

 ぴんぽーん、とインターホンを鳴らす。すると扉の向こう側から足音が聞こえてくる。その足音がだんだん近づいてきて、ついには扉の前まで来たらしく。

「──おかえり。隆之」

 扉を開けて、顔を出してくるその人。口元をほころばせて、目を細めたような朗らかな笑顔で、俺を迎えてくれたその人は、俺の母親だ。

「ただいま、母さん」

 俺は玄関を通って、靴を脱ぎ、なつかしの内装を見て、鼻の奥がつんとした。

「ここまで来るのに一苦労だったでしょう。ほら、荷物」

 母さんは俺を気遣って、荷物を持つよというふうに手を差し出してくる。

「いやいいよ、そんなに遠いわけじゃないしさ」

「いいからいいから」

 と言って俺の鞄を無理やり取っていった。こんなに強引だっただろうか、と首をかしげたくなったが、そんなことは気にせず「ありがとう」とだけ伝えて、母さんについていった。

「ここにいるから」と母さんはリビングへの扉を開ける。誰がいるか、なんてことはわかっている。間違いなく親父だろう。

「おう、おかえり隆之」

 と手を上げて、顔をくしゃくしゃにして笑うその人は、たしかに俺の父親だった。

「ただいま、見ないうちにだいぶ細くなったんじゃないか?」

「バカ言え。俺はこれでもまだまだ現役だ」

 と腕の筋肉を見せつけてくる親父。ふ、と俺は鼻を鳴らして小さなテーブルをはさんで、親父の前に座った。

 そのときに母さんがお茶や和菓子を持ってきて、テーブルの上に出した。

 そのお茶をすすったあとで、「いきなりどうしたんだよ、実家に帰ってこいなんてさ」と親父に訊ねた。

「なんだ、呼んではいけなかったのか?」

 別にそういうわけじゃないけど、と俺は言った。親父もお茶をすすったあとで、「いやまあ、話しておかなくちゃいけないことがあってな」

 俺は和菓子のどら焼きの包みを開けながら、

「話しておかなくちゃいけないこと?」

 と訊ねた。

 親父はくり饅頭の包みを開けたあとで、「ああ」と短く答え、くり饅頭をぱくりと一口食べた。

「真堂一族のことと、あと白河一族との関係だ」

 俺はどら焼きを口に入れる寸前にそれを聞いて、「へ?」と口が半開きだったものだから、そんな間抜けが声が出てしまった。

真堂一族うちはな、特別な一族なんだ」

 特別……なのか? 

 どちらかと言えば、特別というのは白河一族のことだと俺は思うのだが。

「白河一族が、『鬼』であることは知ってるだろう?」

「ああ、そりゃあね」

 あんな騒動が起これば、嫌でもそう信じざるを得ない。

真堂一族うちは、それに対抗する──いや、対抗できる一族なんだ」

 対抗できる一族? 俺は親父の言葉を繰り返すように、つぶやいた。

「少し難しい話にはなるがな……この世には『魔』がいる。鬼やら、人狼やら、なんやらと、その種類は多い。まあそれは昔の話だがな」

 たしかに。

 俺には難しい話だ。

「だが、それに対抗する術を身に着けたものたちがいる」

「ん?」

「〝狩人〟と、ある者はそう呼んだよ」

 狩人。一般的には鳥獣を捕獲、あるいは殺害する者のことを指すが、たぶん親父の言っている狩人とは違うのだろう。

「その狩人のおかげで『魔』は数を減らしたがな……だが、今でもそいつらは生きている。中には人間と交わるものもいるんだが、その一例として、白河一族。そしてそれに対抗する術を子孫に伝えている狩人もおってな、その一例として、真堂一族おれらがいる」

「……は、はあ」

「ほら、隆之には武術を教えていただろう」

「ああ、完全に独立した流派って親父は言ってたけど」

「それが真堂一族うちのやつらに対抗する術ってやつよ。お前だってな、人間の身体能力よりも上なんだぞ」

 なるほど……どおりでタフなわけで。

「でな……白河一族と真堂一族は契約を結んだんだ」

 契約、とはなんだろう。

 そもそも、その狩人と魔が関わりをもっていいのだろうか?

「先方はこう言ったんだ。真堂家には資金などの支援をしましょう。だからその代わり、もし暴走したものが出てきたら、命を懸けて、その化け物を排除してほしい、とな」

「……そんな契約交わしてたのかよ」

 そう言って、俺はどら焼きの最後のひとかけらを口に入れて、咀嚼する。うん、美味い。

「それを承諾した、というわけだ。だからこうして白河家とは良い関係でいれてるんだ」

「へえ」

 お、くり饅頭残ってるな。

「……白河宗助。知ってるな?」

 ああ、と俺はつぶやいた。

「……でだ」そう言って親父は、テーブルのわきに置いてあった手紙のようなものを、俺に差し出してきた。「今年の春になったら渡してほしい、と遺書に書いてあった」

「遺書?」

「ああ。もともと体が弱かったほうだ。だからこうなると、自分で予知していたんだろう」

 俺はその手紙の中身を取り出す。

 すると半分に折られた紙があって、俺はそれを広げて、その文面に目を通した。


『隆之。きっと春になり、桜も咲き誇っているころだと思う。おそらくこの手紙を渡される前に、友から本当のことを話してもらっただろう。

 私は、聞いてのとおり体が弱い。私はもうすぐで死んでしまう。隆之にしてみればもう私はいないのかもしれないが。

 だからもし、私が死んでしまったとき。これは勝手な願いだが、私の子供たちを支えてやってくれ。すでに雅之とは話をつけてあるのだが、隆之を婿養子として迎えることになった。きっと隆之にとっては、ただの迷惑な話でしかないだろう。

 すまなかった。だが私の代わりとして、あの子たちを支えてやってほしい。独りで生きるには、あまりに不安定なのだ。

 私は隆之が、あの子たちと戯れているところを見て、確信したんだ。隆之なら、あの子たちの支えになってくれるのではないか、と。 だから、お願いします。どうか、私のためにも……彼女らを救ってほしい。』


 そんな内容の文が載っていた。

「どう、だったんだ?」

 親父は訊いてきた。

「……普通の、普通の手紙だったよ」

 ソウ爺。

 大丈夫だよ。

 あの人たちは、ソウ爺の願いどおり、笑ってくれている。不安定な心と向き合って、自分らしく生きている。

 安心してくれ。

 そう、安心して──俺たちを、見守っていてほしい。


 余談・了 

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