最終話 白河咲良編 尊き約束は桜のように咲き誇る。

「……俺は、あんたを救えたかな」

 宗次郎さんは、満足そうな顔で倒れている。その唇はわずかに吊り上がっていて、本当に幸せそうだ、と俺は思った。

 俺は踵をめぐらし、咲良と白河さんのほうを向く。

「……あー、いたた。今でも少し胸が痛い……いやこれ錯覚かな」

 白河さんの傷は、どうやら咲良が治した──いや、〝消した〟ようだった。

「あんまり無茶しないでください」と咲良は姉に対して、珍しく怒っている。心配したからだろう。

 そして咲良は俺のほうに顔を向け、ぱっと笑顔になる。が、俺の左腕のほうを見て、絶句した。

「……け、消さな──」

「いいよ。これは。とりあえず止血してもらえればいいかな」

「な、なんで……!」

「これからも、宗次郎さんを忘れないためにな。義手でも作ってもらえればいいだろ」

 な、と俺は白河さんのほうに目をやった。

「あのね……たしかにお金なら大丈夫だけれど……まあいいか。わかったわよ、しょうがないわね」

 快く引き受けてくれたようで、大変うれしい。

 まあ、でも。

 ちょっと人間の身体は、不便──かも──。

「ちょ、ちょっとタカユキっ!?」

「たっくん!?」


* * *


 半年後。


「なあ、隆之」

「ん? どうしたんだ祐介」

 学校。いつもどおりの生活。いつもどおり話しかけてくる友人。あんなことが起こってみると、こういう生活が恋しくなるもので、同時に愛おしくもなる。

「……お前、その腕。もう慣れたのか?」

「ああ、もう大丈夫かな」

「にしてもよ、まさかの交通事故で腕失くすなんてな……オレ、まじで心配したんだぞ」

 しばらく俺は三か月くらい入院をしていた。そこで義手を作ってもらい、こうして日常生活には支障はなくなったぐらいには慣れた。

「ところで祐介」

「うん?」

「今日は……その、なんだ。俺の誕生日なのは知ってるだろ?」

 こうして誘うのは初めてだから、少し恥ずかしいな……。

 いつものクセで、俺は頬を指でかいた。

「ああ、知ってるけど? 今朝おめでとうって言ったじゃんか」

「良ければ、なんだけどな。うちに来ないか? 今日、誕生日パーティがあって、うちの当主さまが友達誘ってきていいって言うからさ」

「…………」

 祐介はぽかーん、と唖然としている。

 なにかまずったか? それとも、やっぱり来たくないのだろうか?

「い、いや悪い。ホント、良ければでいいんだ。まあ祐介、アレだよな。今日は何か予定あるんだろ?」

「いや……」

 もしかして、俺、じつは嫌われていたって感じですか……それはきついぞ、やめてくれよ。

「珍しいな、お前がそういう顔するの」

「ばっ……どういうとこ見てんだっ」

「ははは、行くよ、つかめっちゃ行きたいし」

 そ、そうか。

 俺はほっとしたように、胸を撫でおろす。

 その後、俺たちは放課後、いっしょに屋敷へ向かった。

 屋敷の門の前で祐介は「おぉー、す、すげぇっ!」と叫んでいた。ここまでわかりやすく、うるさいリアクションは俺でもしなかったので、思わず吹いてしまった。

 そして屋敷に入る。ちなみに玄関前まで来ると、「はぁ……なんだよこれ。玄関まで来るのに五分くらいかかるじゃねーか」と文句を言っていた。まあそれはごもっともであり、俺も最初はずっと思っていたことだ。

「な、なんか緊張するな」

 祐介は深呼吸をする。

「大丈夫か?」と俺は声をかける。すると祐介は「おう!」と元気よくガッツポーズなんかもして、答えた。

「じゃあ、行くぞぉ」

 俺は玄関を力強く開ける。

 その先には、「誕生日、おめでとう」なんて書かれた帯が飾ってあったり、風船などの色々な飾りがあった。そこは色鮮やかな絶景ともいえるものであったのだ。

「タカユキ、誕生日おめでとう──あら、そちらがご友人かしら」

 と、祐介に目を向ける。

「う、うっす。あのオレ、中村祐介って言います。よろしくお願いしますっ!」

「ふうん。礼儀正しいじゃない。わたしは白河紅子よ」

「はい……とすると、当主さまってことですか?」

「ああ、よく言われるけど、違うわよ」

「えっ?」

 ああ、そうそう。

 白河家の当主は白河さんだったはずなのだけれど、本人が「当主になる意味なんて、もうなくなったようなものよ」と言って、じつは──、

「こんばんわ、私が白河家当主──白河咲良と申します」

 のちに俺の妻となる、咲良が当主の座についたのだ。

「は、オ、オレは──」

「中村祐介さま、ですよね? お噂は旦那から聞いております」

 え、だ、旦那? 

 いや、たしかにそうなる予定だけど、そんなこと言ったら──、

「お、おい隆之。お前もう、結婚──」

「いやまだしてねーからなっ!」

 当主になったのはいいものの、咲良は少し大人っぽくなったと同時にいたずらっ子になってしまった。

 夜這いしかけてきたり、いきなり後ろから抱きしめてきたり、なんというか──ドキドキしっぱなしだ。

「皆様、お食事のご準備ができました。ぜひガーデンのほうへ」

 永井さんがやってきて、そんなことを言っていた。

 俺たちはガーデンに移動して、そこでの豪華な食事を楽しんだ。みんなで食べて、飲んで、それで色々なことを話して。


 俺は、少し席から離れて、空に浮かぶ星を見ていた。

「どうしたの、たっくん?」

 後ろから咲良がやってきた。どうやら俺が席を外すところを見ていたみたいだ。

「せっかく今日は主役なんだから、戻ろうよ」

「ああ、そのうち戻るよ」

 咲良は俺のとなりまで来て、俺の手をぎゅっと握った。

「じゃあ、私もしばらくここにいる」

「当主さまがそれでいいのかい?」

 別にいいよ、と咲良は微笑みながら言った。

「……なあ」

 俺は咲良に訊ねる。咲良は「ん?」と俺と同じように星を眺めながら、言う。

「もう──家族の前で笑えるようになったか?」

 それは、あのとき咲良の望んだこと。

 咲良が、家族の前でちゃんと笑えるようになりたい、と願ったこと。

 白河咲良に残された、最後の試練であり、最後の敵。

 それを咲良自身で、打ち倒せたのだろうか?

「はい──私は、ちゃんと笑えています」

「そうか──なら、良かった」



 紅に染まった物語はこれで終わり。

 これからのことを物語として、君たちに語ることはできないかもしれないけれど。

 でも安心してくれ。

 どんな人生ルートであろうと、その先に幸せはある。

 だから君たちが心配するような重大なことはきっと、起きないだろう。


 だってさ。

 星を眺めているこの時間でさえも、すごく幸せなんだから──。


 紅物語・グランドエンド

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