第22話
「ん、んぅ……」
「たっくんっ!」
声が、聞こえる。
瞼も重い。ああ、これは現実なのか。俺は夢から覚めたらしい。いや、あれは夢……なのだろうか。あの仕草も、あの声も、あの姿も、どれをとっても現実のように鮮やかだった。
「あ、ああ。おはよう、咲良。いま何時だっけ?」
俺はどうやら自分の部屋で寝ていたらしい。あれ、咲良はなんでこんなにおしゃれな私服着てるんだ?
「よ、よかった……」
そしてなぜ白河さんも、そうやって胸を撫でおろしているのだろう。
「不幸中の幸い……かな。タカユキが〝鬼〟じゃなかったら……いや、それなら死んでるわね、すでに」
「お姉さま、そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ……」
そして姉妹そろって、俺の顔をじっと見る。当然、俺は戸惑う。なぜならその姉妹二人の目は、呆れているようにも見えるし、怒っているようにも見える。とにかく、今がヤバい状況だってことはわかる。
「咲良から聞いたけど、あなた無茶しすぎ」
「そうですそうです」
無茶──ああ、やっと思い出した。あのあと、俺は襲われて、それで左腕が……思い出したくないな。
あと、既視感あるぞコレ。
はっ、これがデジャブというやつかっ!
「ま、でも咲良を傷一つないし、それならよかったわ……」
「ぇ……」
それは、咲良の唇からこぼれたものだった。
白河さんは咲良のその声に気づき、はっとなる。その次の瞬間、顔を赤くさせて──、
「……べ、別に心配してたとか……こほん。いえ、すごく心配だったんだから……ったくもう」
なんてことを言ってた。
咲良の顔も赤くなる。しかしその口元は緩んでいるため、嬉しいんだろうなとわかる。
二人とも顔を背けて、互いの顔を見ないようにしている。こうしてみると、本当に姉妹だな、と心にくるものがある。
「……あー、なににやけてんのタカユキ」
「……にやけすぎです真堂さん」
「いや、悪い悪い。──あとさ、咲良。一つ気になることがあるんだけど、いいかな」
「はい?」
「白河さんのこと、お姉さまじゃなくて、お姉ちゃんって呼んであげなよ。そしたらもーっと顔赤くするぞ」
「えっ」と咲良は
「ばっ、なに言ってのよタカユキ……!」
そして咲良は白河さんの肩をつんつんと指でつついて、
「あ、あのお姉さ──お姉ちゃん……」
「あ、ええっと……その、な、なに?」予想通りだった。白河さんはお姉ちゃんと呼ばれて、すごく照れている。それはもう、すごくだ。
「あ、あの──心配してくれて、ありがとうございます……」
「そ、そそ……そんなの、別にいいから……」ぷい、と顔を背ける白河さん。
やべえ、ますますにやけてしまいそうだぁ……。
いや待て。俺はとんでもなく特殊性癖なんじゃないか?
「そ、それじゃ……わたしこれで部屋に戻るわ」
「え、いいのか」
「いいのかってなにがよ」
「妹ともっと話してもいいんじゃないかってこと」
「……いいわよ、あなたが眠っているあいだ、十分に話したしね」
そう言って、白河さんは俺たちに背中を向け、ドアの向こう側へ行ってしまった。
「……咲良、いったい姉とどんなことを話したんだ?」
「──お姉ちゃんは、わたしにたくさんのことを話してくれましたよ。私のこととか、たっくんのこととか、色々。それで、私が泣いて悩んでいるとき、お姉ちゃんは私のことをどれだけ想ってくれていたか、とか」
そうか。
ならよかった。咲良はこれでまた一歩、進むことができた。俺が眠っているあいだ、彼女は勇気を出して姉と話すことができた。本心も話したのだと思う。
咲良を救ったのは俺ではない。咲良自身なのだ。
「それで、たっくんの心臓のことも知りました」
「ああ、そうなのか。でも、もともと知ってたんじゃなかったのか?」
「大まかには……でも、詳しいことは知らなかったです」
「……でも助かってるんだ。白河さんがくれた、この命に」
咲良は、顔を伏せて、膝の上で拳を握っていた。
「咲良?」
彼女は答えなかった。それ以降、名前は呼ばず俺はじっと咲良を見つめていた。それから数十秒経って、やっと咲良は口を開いたのだった。
「あ、あの」
「うん?」
「私の能力のことは、話しましたよね?」
たしか、『消失』だったか。
この世のどんなものに対しても作用する能力で、その物を消すことができる、と。
正直恐ろしい。
「それで──たっくんは、人間に戻りたいと、思ったことはないですか?」
人間に、戻りたい。
正直言うと、今までが人間気分だったのでそんなことはなかった。けど、白河さんの話を聞いて、この心臓のほとんどは損失していて、それを白河さんの血で補われているということを知ったとき。
人間に戻りたい、とたしかにそう思った。
でもそんなことは叶うはずがない、と俺は思った。
そもそも俺は死ぬはずだったのだ、だから人間に戻りたいなんてわがままなことを考えちゃいけないと俺は思った。
「──いや、思ったことはないかな」
俺にそう言われて、咲良は少しさびしそうにつぶやく。
「わかりました」
それから咲良は、俺の部屋をあとにした。
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