第21話 少年は黒い少女に赦しを得る。

最終章 純愛


 夢を視た。

 しかし、それはどうやら悪夢の続きらしい。

 また俺は、黒岩さんに否定されていく。でもそれでもいい。黒岩さんにあんなふうに責められることは、当然のことだと思うから。

 俺はただ、謝ろう。許してもらうつもりなんてないけど、今ここで俺ができることは、彼女に謝ることだと──


〝ばーか、違うわよ。〟


 え?


〝真堂くん、ずっとうじうじしてばっかだから、ここは一発ガツンと言っておかなくちゃいけないと思ったの。〟


 黒岩、さん?


〝そうよ、それ以外の誰に見えるっていうの。〟


 だ、だって。黒岩さんを殺したのは俺だ。だから、だから……!


〝いいんだよ、そのことは。許せなかったのは、あなたがいつまでも縛られていること。〟


 黒岩さんが微笑む。

 それは、あまりに優しいもので。

 その声も、とても俺のような奴にかける言葉じゃなくて。


〝でもね、真堂くんはやっと、自分の意志で、自分の心から好きな人を助けようとした。あの言葉に縛られずに。〟


 よくがんばったね、と黒岩さんは俺の頭を撫でてくる。


〝でもごめんね。わたしが、あなたを縛りつける要因になってしまった。〟


 そんなこと、ない。


〝ううん、そんなことあるんだよ。あなたにたくさん迷惑をかけてしまったし、あなたの心を傷つけてしまった。だから謝るのは、わたし。〟


 違うっ!

 俺は君を救えなかった……!

 俺は君の助けに応じなかった……!


〝……どこまでも優しいね。ほんとに、その優しさは異常よ。でも、あのとき既にわたしは救われていたんだ。〟


 そんなはずはない。

 君は結局、死んでしまったじゃないか……!


〝あのとき、わたしがうずくまって泣いてるとき、あなたは、わたしの逃げろって言葉に従わず、引き返してきてくれた。あのとき手を差し伸べてくれた時点で、もうわたしの想いは届いたようなものなんだよ?〟


 なんだよ、それ……それじゃ、君は、せっかく救われたっていうのに……君は……。


〝そう弱気にならないでよ。あの子に嫌われるよ? だいじょうぶ。今のあなたなら、きっとあの子を救える。だからがんばって、ね?〟


 ……そんなことは、だめだ。

 じゃあこれから君はどうなるんだよ。

 君は、結局、このあと──


〝まあ、少なくともいいところじゃないかもね。わたしはもう、たくさんの人を殺してしまったから。〟


 黒岩さんは、それでも優しく微笑んでくれていた。これは夢で、俺の妄想であることはわかっている。でも、でも……妄想のなかでさえ、彼女を救うことはできないのか。


〝真堂くん。〟


 不意に名前を呼ばれる。


〝わたしは、中学校のころにあなたに助けられて。それでまたあの高校で会えた。最後は残念だったかもしれないけど、あなたと過ごした日々は、ほんとうに、夢なんじゃないかって思うぐらいに、幸せなものだったんだよ。〟


 いいのか。

 それで、いいのか。


〝うん。でも、一つだけ心残りがあるかな。〟


 それは、なんだろう。


〝あのとき貸してもらったファンタジー小説、真堂くんが面白いって言うからすごい楽しみにしてたんだけど、結局読めなかったことかな。〟


 なんだよ、それ。

 なんなら、いくらでも俺が読むよ。君のお墓で、君の前で、俺が音読するよ。


〝うん……楽しみにしてるね。〟


 黒岩真奈美は、最後に涙で目を濡らして、霧のようにそのまま消えていった。

 彼女の微笑みは、本物だった。

 俺が救えなかったと思っていた人は、すでに救われていた。

 ありがとう、俺も──君との日々は、すごく楽しかったんだ。

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