第20話

 真堂隆之と白河咲良は、しばらく抱き合っていた。時刻は午後六時半。その付近には、白河宗次郎がいた。ここに来るまでのあいだ、宗次郎は人間を襲い、吸血し、屍人ゾンビを何体か用意していた。

 それを、あの二人に向けて放つ。

 宗次郎の合図とともにゾンビは、真堂と咲良のもとへ。ペースはゆっくり。暗闇のおかげで、真堂と咲良はまだ気が付いていない。

 ゾンビは四体ほど。このままいけば、不意打ちを狙えるかもしれない。

 白河咲良の『意識のうりょく』である〝消失〟は、内容だけ聞くと恐ろしいものではあるが、あくまで触れることが前提条件だ。それに加えて、二体以上を消すことは不可能だ。必ず一体。

 真堂の並外れた身体能力を第一に恐れるべきだろう。だがもし気づかれてしまえば、ゾンビが彼に殺されてしまうことは明白。もし片づけられた場合は、宗次郎の〝回転〟で、真堂の首の骨を折ればいいだけのこと。

「咲良──少し下がってろ」真堂は咲良の耳元で、そう小さくつぶたいた。「え……?」咲良はそう訊いた。「何かが来てる……三、四人ほど。歩くペースがあまりにも遅すぎる……」

「……う、うん」

 真堂は咲良から離れる。そして、後方からやってくる者たちに備えて、真堂は踵をめぐらす。

「おい、誰だ。そこにいるのは」

 声をかけても応答はなし。

「……面倒だな」

 真堂は気だるそうにつぶやいた。

 視線は四つの人影へ。

 構える。

 おそらく、歩く死骸がいるのだろう、と真堂は予測する。

 あの動き、この臭いは、黒岩真奈美のときと同じだ、と真堂は思った。

 胸のうちがわから、憎しみという感情が胸を熱くさせる。風船のように増幅していく。

 相手の全身が月明かりに照らされて、浮き彫りになる。欠けた肉、折れた足、無作為に喰われた口元、そこからぼろぼろの歯が晒されている。

「…………」

 後方にいる咲良に一瞥する。

 そのあとで、真堂は駆けだした。

 標的が動き出したのにも拘わらず、死骸どもは歩くペースを変えない──そもそも変えることなど不可能なのだが。

 手前にいた死骸二体をつぶしていく。急所を突いて、順調に殺していく。

 そしてその後方に、同じく死骸二体。

 目を奪われてしまうほどの早さで死骸を無力化した。

 たったこれだけなのか? 他には?

 真堂の疑いは最もであろう。

 こいつらがいるなら、〝親〟はどこにいるんだ?

 疑念は真堂の胸のうちがわを渦巻く。

 

 宗次郎の視線は、真堂の頭部を貫く。

 正確に狙わねばなるまい。少しでもずれてしまえば、その頭部を回転することができなくなる。

 真堂隆之が鬼ならば、鬼独特の再生能力をも持ち得ているはずだ。

 だから腕や、足などを回転させても、彼は再生するはずなのだ。

 

 真堂はある違和感を感じていた。

 まず一つ、誰かに見られている──つまり視線を感じる。

 そして二つ、足を、誰かにつかまれているような感覚。

 真堂は足元を見て、二つ目の違和感の正体を突き止めた。

 それは、一体の死骸が真堂の足首をつかんでいたことだった。その力はすさまじく、真堂の足首の骨にひびが入るほどだった。


 真堂は驚愕する。そして、左腕をあげ、頭と重なる。そのとき宗次郎の視線の先にあったもの──その左腕に仕掛けてしまった。

 発動までに五秒。

 ツミビトの瞳が光る。

 発動までに四秒。

 空気が乱れていく。

 発動までに三秒。

 回転軸は右方向へ。

 発動までに二秒。

 磁界のように現れるリング。

 発動までに一秒。

 工程は終了。

 発動。

 真堂の左腕は歪に曲がっていく。肉は裂け、骨が粉々に。感覚などとうに無き。あふれるは赤い鮮血。

 足首をつかんでいた死骸をつぶしたところで、不意にそんな痛みは左腕から全身へ電気のように伝わっていく。

 真堂はそこで、意識を失ってしまった。

 宗次郎は仕留めきれなかったことを悔いた。だが宗次郎は思った。なぜこんなにも安心しているのだろう、と。仕留めきれなかった、いわば失敗した、というのに。どうして、嵐が去ったかのようにほっとしているのか。

「くだらん」

 宗次郎はそうつぶやいて、屋敷のほうへ踵を返した。

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