第19話

 白河宗次郎──僕は、母親に虐待を受けていた。それが理由で、僕は狂ってしまった、と思っている。

 少なくとも、この狂気は生まれ持ったものじゃない。そう僕は信じている。

 白河紅子、白河咲良、二人の妹が生まれて、正直僕は嬉しかったんだ。そこから歯車が狂ったわけじゃない。

 問題は──咲良を助けに行ったときだ。

 僕はあのぼろぼろの咲良を見て、何かを思った。なにかが、僕の脳に衝撃を与えた。だけど、気づかないふりをすることにしていた。そのほうが人間として正しい、と僕が直感したからだ。

 でも、咲良を見ていくうちに、みるみると風船のように膨張していった〝ソレ〟は、とうとう姿を僕に見せた。

 それは、恋慕だった。

 僕は、血のつながった、実の妹と言える咲良のことを、好きになってしまった。

 愛おしい。あのぼろぼろの姿を見て、僕はそう思ってしまった。だから、傷つけたかった。彼女のあの繊細な体に、あの白い肌に、傷をつけられずにいれなかった。

 衝動は加速する。

 とうとう僕は、妹と関係をもってしまった。

 そのときは、泣いてしまった。咲良は泣かなかった。瞳の彩を消して、ただただ感情のない人形ドールのように僕を受け入れてくれた。

 胸が潰れる想いだった。

 なんで、逆らってくれないのか。

 なんで、僕を受け入れるのか。

 ふざけるな、反抗しろ、僕に傷をつけろ、僕を──殺してくれよ。そんなことを考えながら、僕は彼女の首を絞めたり、爪やナイフなどの尖ったもので彼女の身体を鮮血で濡らした。

 そんなことをしても、彼女は泣くことさえしなかった。

 でも、あるとき。彼女があの少年と話しているところを見つけた。そばで耳をたてて、彼女らの話を聞いていた。

「さくらちゃん、けっこんしてください」

「うん、けっこんしよう──たっくん」

 そんな言葉が、僕の心に刻まれていった。

 そう、彼女に大切なひとができた。彼女の心の闇を、光で照らしてくれる存在が、彼女の目の前にいたのだ。

 嫉妬の念もあった。

 だが、そんなことよりも。

 大事なものを守ってほしい、僕の愛しの人を幸せにしてほしい、という願いがあった。

 いわば、僕にとってみれば、真堂隆之という少年は──ヒーローだった。

 僕にはできなかったことを、僕にはできなかった愛の形を、あの少年は示してくれた。

 だから、咲良と真堂隆之が結ばれたことは、嬉しかった。嬉しかったはずなのに──どうして、僕は、こんなにも胸が熱くなるんだろう。

 僕なんかが、咲良のなかにある腐った傷を治すことなんてできないのに。

 僕は、しょせん無力で、非力で、なんの価値もない存在のはずなのに。

 歪んでしまった。歪に曲がり、曲がって。その果てに、僕は物を曲げることができるようになった。

 ──真堂隆之。君のことを、尊敬しているよ。でも、僕は君を尊敬していると同時に、嫉妬しているんだ。君のいない世界も嫌だけど、君がいる世界も、嫌なんだ。君が──君が僕の大切なものをとるんだっていうなら、僕だって奪ってやる。


──だから、守ってみせろよ。君が言ったとおり、君の大切なものを守って、それを僕に証明してみせろよ。


 この、ツミビトに……!

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