第12話 少年は紅い少女を知る。
翌日。
紅子の発言で、俺はしばらく休暇をとることになった。
俺は大丈夫だ、と何度も言ったが、なかなか聞き入れてはくれなかったので首を縦に振るわざるを得なかった。
それから俺はいったん図書室へ向かうことにした。図書室は二階西棟の奥にある。
そこで時間をつぶし、本を読んで、それを本棚へしまおうとした。すると、手違いによりある本が落ちてきたのだ。無名の本。小説や新書というより、日記帳のように見えた。
まあ、読まなくてもいいか。
今日のところはここで終わろう。
部屋に戻ってから、一時間ぐらい経ったと思う。さすがにこのまま二時間以上ここで時間を食いつぶすのも無駄だから、いったん部屋から出た。
するとそこで、ある人とばったり顔を合わせたのだ。
「あれ、咲良ちゃん?」
「……ちゃん付けしないでください」
目を細めて……いわゆるジト目……で、そう答える。
「ごめんごめん。じゃあ、咲良?」
「あとさっそく下の名前というのもやめてください」
注文が多いな、と俺は少し面倒くさそうに眉をよせた。
「でも白河じゃわかりづらいだろう?」
「いいじゃないですか、お姉さまのことは下の名前で呼んでいるんですし」
「なんで知ってるんだよ?」
あ、と右手を口に添える咲良。わかりやすいなと俺は心中で言葉にして、もう一度、どうしてなんだと理由を訊ねた。すると彼女は仕方ありませんねと言わんばかりにため息をついた。
「ロビーで抱きしめ合っていたでしょう?」
「え」
そう言われて急に恥ずかしくなり、体温が上昇しているのを感じた。きっと俺の顔はタコみたいに赤くなっていることだろう。
「わかりやすいですね、ほんと」
そして彼女は──そういうとこ、ほんとに変わらない──と口にした。
「昔、会ったことあるっけ?」
彼女が言った言葉が気になって俺は訊いてみる。それで咲良は一瞬、こちらの顔をじっと見つめてから言った。
「ありませんね。たぶん」
たぶん、とは何だろうと首をひねった。考えても仕方ないと俺はそのことについて考えることをやめた。何より今はもう一つ、知りたいことがあるわけだし。
「なあ、咲良。くだらない居候の世迷言だと思って聞いてくれないか」
「なんですか?」
「紅子は、何か特別なのか?」
「────」
一瞬、言葉を失ったとばかりに咲良は口を開いたまま何も言わなかった。でもその次にはすぐに声を発した。
「……それは、何か根拠があって言っていることなんですか?」
逆に質問され戸惑う。
根拠──昨夜、黒岩さんから俺を助けてくれたときならば、根拠になるだろうか。
「昨日、俺はその……ある人に殺されかけてね。でも紅子がすぐに駆けつけてくれて、助けてくれたんだ」
「いきなりぶっとんでますね……で、そのときに?」
「ああ」
そうはっきりと頷くと咲良は顔をうつむかせ、顎を右手の指でさすってから言った。
「そうです。たしかにお姉さまは特別です」
「どんなふうに?」
「お姉さまは、普通の人間ではありません」
そこで俺が驚くことはなかった。正確には、驚きはしたがある程度普通ではないと認知していたので、衝撃は弱かった、ということだ。
「いわば、『鬼』という種族の血をひいています」
「……鬼」
思い浮かぶのは大柄の筋肉質、そして赤い肌を持っていて、角が生えた──いわば赤鬼だ。
「祖父から伝えられた話ですが……異国から来た吸血鬼が、何人かの人間と交わり、子を産ませたそうです。そのなかに私たちの先祖さまがいたんだそうです。鬼の血は人間の血よりも濃く、鬼の血を受け継いだ以上、その子供の確実に鬼の血を引くらしいです」
「つまりそれは、咲良ちゃんもってことか?」
「そうなりますね」
はっきりと即答する。そもそも他所から来た俺にそんな軽々と話していいのだろうか。
「というか、この話を父親から聞かなかったんですか?」
「え? ああ、聞かなかった。そりゃそうだろう。親父が知る由も……いや、案外そうでもないか」
先代当主であるソウ爺と親友であったのならば、親父がそれを知っていてもおかしくはない。もし知っていたとしたら、なぜ俺に話さなかったんだろう?
いや、それもそうか。いくら親父であっても、そんなことを言われても信じることはできない。
今の俺は、昨夜に紅子の変貌を見たからこそ信じられるのだ。
「……ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
咲良はそのまま別のところへ行ってしまった。
俺はただ呆然と廊下に敷かれているカーペットを見つめながら、ぼーっと考えていた。
「……鬼、か」
もし本当にそうなのだとしたら、黒岩さんもそうなのだろうか? 明らかに爪を伸ばして戦おうとしていたところを見ると、少なくとも普通の人間ではないのだろう。もっとも、今となっては確認のしようがない。
黒岩さんが死んだことに対する結論は、努力して受け入れ、背負い、彼女のことを忘れるのではなく忘れずに生きようというものだ。それをこれから変えることはしない。黒岩さんは俺を好きだ、とその口で言ったのだ。黒岩さんにとっても、俺に忘れてもらいたくはないだろう。
それに忘れてしまったら、また真の意味で彼女は死ぬことになる。
「……?」
永井さんがこちらに走ってくる姿を確認した。
そして俺のところまで来て、息を整えずに、大きな声で言った。
「お、お嬢様が……たおれ、ました……!」
「え……?」
その瞬間、背中に百足が這う感覚を覚えた。
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