第9話 少年の視界が赤く染まりゆく。

 真奈美は、死んだのか。

 いや、もう死んだのだろう。見事に首が切り離されている。その切断面からは血液さえ出ていない。それはある意味、一芸ともいえるだろう。


 だが、真奈美の胴体はずっと立ち尽くしている。倒れることなく、動くことなく。それは本当に生命活動を終えたようにも見えたが──俺にはどうにも、そいつは生きているとしか思えなかった。


 それは、予想通りだった。

 首のない真奈美の身体は不意に動き出し、右手を上げて、その鋭利な爪を振り下ろした。


 そのとき、頭のなかにバグが生じた。

 ノイズ音、モスキート音が複雑に絡まり、混ざり合って、脳内を腐蝕する。沈殿していた、黒ずんだ意識が蘇ってくる。


 まるで親を殺された気分だ。それぐらい、黒岩真奈美を憎いと──衝動的にそう心に刻んだのだ。

 

 吐き気。胃液が喉元までせり上がってくるが、そんなのはすぐに治まった。

 ──視界が赤くなる。

 俺が先程までに目にしていた現実がまるで嘘だったかのように、目の前は赤一色に染まる。


「ァ……」


 立ち上がる。

 右足あたりに違和感を感じたけれど、それは最優先事項ではない。


 ひとまず、目の前の化け物──黒岩真奈美を殺さないと。


 左足で地面を思いきり蹴る。跳躍力が突然、馬鹿みたいに上昇しているのを感じられた。

 

 頭と胴体を切り離しても無駄、だというならば、弱点はどこにある。

 心臓か、頭か。


「ハァ……」


 黒岩真奈美の直前にまで距離を詰める。腰をすえて、ただその一点のみを狙い撃つ──狙撃者として、化け物の心臓を穿つ。


「っ……!」


 爪で顔を切られる。片目をやられたが、そんなのはすぐに──。

 とにかくただ一点を狙うのみ。それにただただ集中し、そして俺は──真堂隆之はその心臓を穿った。


 頭のなかで引き金が引かれる。それと同時に銃声をも頭のなかで鳴り響いた。


 わずかな手ごたえを感じたあとで、真奈美の胴体は倒れた。心臓がつぶれたことによる死亡だ。その証拠に、灰のようなものに変わり果て、いずれ散った。


 俺はそうしたあとで、はっと息を吹き返したように我に返った。

 記憶はたしかに残っている。しかし断片的なところが気になる。


「俺はいったい……って、白河さん!?」


 背中に三本のひっかき傷を残しているのに、息はあるみたいだった。


 だから俺は白河さんを背負い、急いで屋敷のほうへと連絡を入れた。


 にしても、俺はなにをしていたんだろう?

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