第二章 僕は世界でたったひとり(13)
†
「今回は自殺……っすか」
佐藤健一はエナジードリンクの缶に口をつけながら、二画面を交互に見やる。
一之瀬朱理。三十一歳。
私立大学の法学部のころから付き合っていた女性と結婚し、その後、警察学校に入学した。卒業試験は学科と実技ともに優秀で総合評価は次席。あの細身からは想像がつかないが、実技科目で表彰されている。
「学科じゃなくて実技……? ちょっと意外っすね……」
在校中に外泊の届け出は一度も出ていない。特別なにか問題行動を起こしたという記録もなく、逆に清廉潔白すぎて面白みに欠けた。
警察官は、お付き合いをする相手の情報を、直属の上司に報告しなければならない。住所、家族の名前、職業など、詳細に記載して提出する用紙が存在する。結婚する際には相手の身辺調査まで行われる。犯罪を取り締まる職業なのだから仕方がない。
左の画面には朱理の妻、一之瀬明日香の免許証の写真が映る。
「……ま、わからなくもないっすけどね……」
化粧は薄くて地味だが綺麗な女性だった。ふんわりとした雰囲気で、目元が柔らかく、口角は自然とあがっている。遊びで付き合う相手としては少々物足りないほど普通だなと健一は鼻で嗤った。しかし彼女の笑顔からは包み込むような温かさを感じた。
激務で疲れて帰った警察官の男を、彼女ならば癒やしてくれそうだとも思った。
「こりゃあ律儀に報告したのって、半分は自慢っしょ……」
最近ご無沙汰のせいか、つい自分の妻と比べてしまったことに健一は苛立った。
思い出は新しいものから消えていく。
昨日も、一昨日も、先週も。楽しかった──それだけは覚えているのに。
なにが楽しかったのかまでは思い出せない。
楽しかったことを思い出そうとすればするほど、涙が溢れてくる。
あんなに笑い合っていたのは本当に現実だったのだろうか。
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