2 その日は足腰が立たなくなるまで頑張りました。




 高校に入学し、しばらく経った休みの日のことである。


 偶然出くわしたクラスメイトの女の子と話していたら、


「あ、先輩じゃないですか、奇遇ですね!」


 中学の後輩が割って入ってきた。おかげで、「また学校でねー」とその子は去っていってしまった。


「お前いい度胸してるよな」


「それって胸の話ですか? ……セクハラ?」


「おっと、友達と約束してるんだった」


「もー、先輩ってば外で女の子と話してるの、そんなに他人に見られたくないんですかー? 未だ中学生男子の感性なんですねー」


「まあ、そうだな」


「お? ……あ、でもどうせ『こいつと話してると俺まで頭おかしく思われる』とか言うんですよね、後輩知ってます」


「その通り。しかしそれは俺の外聞が悪くない?」


「以心伝心ですね!」


「まあいいや。じゃ、そういうことで」


「ところで、さっきのひとは誰ですか? 新しいオンナですか?」


「さっきから人聞きが悪いな。今のはクラスの子だよ。たまたまそこで会ったの」


「ただのクラスの子が、たまたま会ったくらいでわざわざ声かけます?」


 お、そう言われればそうだな、と思い至る。立ち止まる。女子の心は女子に聞くのが一番か。都合のいい時に現れる後輩である。まあ、こいつこなければもう少し話せてたんだけど。


「一応、隣の席なんだけど。もしかしてあの子、俺に気があるとか? どう思、」


「ところで先輩、今ヒマですか? 勉強教えてほしいんですけどー」


「お前、さっきの俺の話聞いてなかった? 約束あるんですけど。というかどうしてこうも会話がかみ合わないのか教えてほしい」


「私ってば今年、受験生じゃないですかー」


「そのウザい口調は我慢するとして……今から?」


「受験はオールシーズンですよ。今からやっておいて損はないかと! 善は急げとも言いますし」


「いや、休日なんだが?」


 お休みの日まで勉強したくないんですけど。


「お休みだからこそですよ! 朝までしっぽり頑張りましょう!」


「しっぽりとかいう謎表現、日常で使う人間はじめて見たぞ。……バイト代とか請求していい?」


「体で支払います」


「肉体労働ね。ところでどこ受験するつもりよ」


「先輩と同じ高校です」


「へえ、志望動機は?」


「気になる人がいるからです!」


「不純な動機ですね。……といった感じで面接で落とされるから勉強する必要ないよ。どうせ肉体労働するんなら進学やめれば?」


「おや、ヤキモチですか先輩ー」


 にやにやする後輩である。この自意識過剰の恋愛脳、どうしてくれようか。いっそマジで勉強漬けにしてやろうか、○○漬けってなんかやらしいな――などと思っていると、


「確かに不純な動機でしょう。でも恋愛はきっかけに過ぎないのです。たとえ動機が恋愛でも、その恋が実らなくても、勉強すること自体は将来においても役に立ちます」


「おお、ちょっと見直した」


「いぇい、正論パンチクリーンヒット。やーい、先輩のよわよわー」


 方程式しか言えない体にしてやろうかとも思ったが、気が変わった。


「じゃあ受験対策に付き合ってやろうじゃん。まずは体力作りから」


「はい……? それは頭に『夜の』とかつくやつですか?」


「朝からだよ。朝からランニング。受験には体力が要るんだよ。俺なんか受験当日に風邪引いちゃって、もう大変だったんだから」


 周りの受験生に風邪をうつしてしまったんじゃないかと、今でもちょっと後ろめたい。


「よし、そうと決まれば今から走ろう」


「え、先輩そんな体育会系でしたっけ!? それともあれですか、『捕まえてごらんなさーい』的な……!?」


「ははは」


 よし、このままうまくいてしまおう。


「高校が先輩を変えてしまったんですね……」


「受験やめる?」


「やりますよ! けませんからね!」


 それから――二日ほど、朝に待ち合わせてランニングをすることになった。


「……あの、先輩、ちょっと相談なんですけどね? ランニング……やめません?」


 三日ともたなかった。



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