第4話 傘

傘って、雨をしのぐだけではなくて、何かと思い出話がある気がする。私だけではなく、他の周りの人もたぶんあるのではないかな。傘を忘れたり、盗られたり、貸したり、届けたり、傘一つで一気一憂する。



とあるボーリング場の店の前、道路挟んで反対側には工場があった。広い敷地内に何かの工場がぽつんと立っている。その工場側の歩道のバス停で友人とバスを待っていた。


先輩から、うまくもないボーリングに誘われた。やはりいいスコアもだせないまま終わったところだ。おそらく後輩たちとの親睦を深めるつもりだったのだろう。私たちも察してはいたし、気を遣った。先輩たちは悪い人たちではないが、すごく仲がいいわけでもないし、なによりもコミュニケーション能力がお互いに高くない。特に私の友人は人見知りが激しく、それがより一層親睦を深めづらくしていた。話す内容が広がらないのは、辛いものがある。多分先輩たちも同級生同士の方がおそらくもっと楽しめるだろう。


友人と「用事がある」といって申し訳なさげに早々と帰ろうとバスを待った。駅近くでもないため、このボーリング場はローカルの人たちしかこないようだ。


友人と今日の感想を話していると、雨が降ってきた。


いや、雨じゃない。雹だ。冷たい氷の粒が私と友人に降ってくる。

友人は近くにあった木の陰に咄嗟に入った。二人分入れるスペースはない。せめて建前でも一緒に入ろうと言ってくれる気持ちはないようだ。まあいい、細々とした木だったので対して防ぐことはできない。わりと横殴りに降ってくるし。どうせお互いずぶ濡れです。


とにかく冷たくて、痛くて、身も心も冷え切るとはこのことかと思う時間だった。バスも予定の時間より遅れていたため苛立ちもあった。バスがいつくるかわからないため、ボーリング場へ戻ることもできない。戻ったところで濡れたままのまま先輩たちと再会するのはちょっとめんどくさい。


徐々に雹がつよくなり、気分が最低に落ち込んでいる時だった。


「大丈夫?」


柵を挟んで工場の方から男の人が来て声をかけてきた。工場の男の人は昔の木〇拓〇ようなロン毛の人だった。こんな状況で声をかけられ、きょとんとしていると、


「これ、使いな。バス来たらここかけておいていいから」


と傘を二本、私たちの方に置いて去ってしまった。


突然のことで、私と友人は顔を見合わせる。


「優しい」


雹に打ち付けられる女二人が不憫だったのだろう。わざわざ工場の建物から距離のあるところを駆けつけてくれたのだ。


傘をさしている間も雹は強さを増す。だんだんスコールのようになってきた。


傘は大きくて、頑丈だった。

ありがたくてありがたくて、ありがとうも言えなかった。


帰りのバスに乗るとき柵に傘をかけて、ありがとうございますと必死に思った。

すごく助かった。嬉しかった。おかげ風邪もひかずにすんだ。


こんな片隅で困っていたところを、気付いて助けに来てくれたんだなと思うと温かくなった。


帰りのバスの中では、その人のことを友人とずっと話していた。


あれから数年以上経っても、その場所を通ると思い出す。傘を貸してくれたこと。


顔も覚えていないその人がいた工場は、もう別の建物になっている。







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