【第六話】飛空船

 春が来る頃、少女はため息をついた。覚えられる言葉は、だいたい覚えた。だけど会話にはまだ足りない。

 ノートを閉じると、傍にグラスが置かれ、ジュースが注がれている。まだ待機は続くのか。

 少女が嫌気がさしたある日、店主が注文以外できた。

 この店主は、仕事をわきまえていて、普段はグラスを持ってくるだけだ。

「最終試験の場所が発表された」

「どこ?」

「王都だ。明日、双子が迎えに来る」

 王都ウェルナの街は、ここから少し南になる。だけど少女は、それも知らない。知らずにいたのだ。ここはカルナの街。国境に一番近い街で、さらにこの東に、村があった。

 だが地理的な一面も、彼女は知らない。知っていれば、一人で行くと騒ぎになっただろう。

 少女はただ、待機が終わると、それだけを喜んだ。退屈だったからだ。必要なものとして、ノーとだけは買って来たし、参考書もある。

 それでは足りないと思い始めていた。


 翌日、彼女はいつものごとく、頭をぶつけた。この部屋を使わせてもらってから、ほぼ毎日、それは恒例になっていた。慌てて鍵を持って来て、教えられたとおりにカードを通す。

 ドアが開くとほっとした。それから荷物を持って出る。荷物と言っても、着替え程度しかない。冒険者の宿は、普通は荷物までは預からないそうだが、彼女は例外だった。

 表に出ると、双子の青年が立っている。一人は頭を抱え、もう一人は苦笑していた。

「久しぶりだね? 元気だった?」

 声をかけてきたのは、弟のほうだ。兄のほうは全く反応がない。それにたいしては、彼らにとっては普通なのだろう。

「久しぶり。えっと、ご飯、だよね?」

「そうだね。そのあと空港に行って、ギルドの飛空船に乗る。王都までは二日の距離だよ」

 丁寧な説明も、弟のほうだ。

 そう言えばこの弟から、財布をもらったのだ。財布を持つ、という習慣が、彼女にはなかった。

 生活費の一万ケレスは、だいたいまだ残っている。だから移動にお金はいらない。彼女はそう思っていたのだが。

「期限は一週間。歩いての旅は、もう終わりだよ」

 終わり。その一言を聞くと、これからは移動にお金がかかるのだろう。そう思って、うんざりする。

 ただでさえ、彼女はお金という概念がない。必要だから持っている。それだけだった。

 階段を降りて、広間に行くと、閑散としていた。

「もう移動してるのか?」

「だいたいはそうだろうね。おやっさんの嘆きは聞こえるけど」

 彼らがおやっさんという店主は、ほとんどの場合、食事と寝床を提供するだけだ。それは試験期間中も変わらない。

 そして今は、一年に一回の加入試験期間中。だから店主の仕事も多い。

「来たか、お前ら」

 店主にそう言われて、彼らは四人席に座った。厨房に近いところに、一応ではあるが二人席も、用意されていた。

 試験を受ける初心者は、だいたいがお金がないという。それを少女は知らなかった。

 出されたメニューで、彼女は値段を見て考える。だいたいの安い料理は、もう注文済みだ。これから王都に行くなら、予備の食料もいるだろうが、彼女はだいたい、安さで決めていた。だから常に黒パンと水だ。それ以外はあまり頼まない。

「おやっさん、部屋の確保を頼むよ。多分、彼女は受かる」

「了解。で、飯はどうするんだ?」

「僕達はいつもので。彼女は……どうするのかな?」

 様子を見る、ということだ。口出しはほとんどしない。

 少女の食事が終わると、空港に行った。ここからギルドの飛空船を使って、王都ウェルナの街まで行くのだ。

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