【第五話】勉強

 少女はまだ、自分が何も知らないことを、自覚しているわけではない。ただ先だってお金を出した時、その金額が高いのか、安いのかは解らなかった。その後で渡された、カード型の鍵も、開け方を教わらなければ、こうして食堂に来ることもできなかった。

 あの兄弟は今日も仕事のはずだ。普段から二人で仕事をしていると、あの後の朝に聞かされた。彼らには導いてくれる人が、一人もいなかったのだ。

 だから彼らは手探りで仕事を覚えて、そのために傷ついてきた。その傷も二人で持っていた。彼らのつながりが強いのは、それが理由と思っていいらしい。

 そんなことを考えていると、地図にある文房具を売っている店についた。その店で、何冊か書き取り帳を買って、それからまた地図通りに歩いて、本屋で解りやすい教書を買った。とにかく最初だからと、すべて簡単なものにしたが、それすら解らなかった。

 彼女が店に帰った時には昼になっていて、店主が急いでメモを持ってきた。このメモも注文票だと、教えられたのは、部屋に案内してもらった日だった。

 少女は出されたメニューを見て、ちらっと料理の名前を見る。だが解らない。それで仕方なく値段で選んだ。一ケレスが銅貨、千ケレスが銀貨、一万ケレスが金貨だとは、教えられた時に覚えた。

「えっとね、照りがもの煮込みと、それから……」

 選んでいく料理は安いものばかりだ。それでも彼女にしては選んでいるほうで、昨日食べなかった、安いものを選んでいる。

「あと黒パンと水」

 店主が肩を落とした。それは解ったが、理由までは解らない。ただ彼女は珍しい料理を頼んだというだけだ。それに黒パンは無料、水も同じ理由である。

 店主は奥の料理場に向かった。少女はそれを見送って、選んだという満足感で頷く。それだけの話だと、あの青年達がいれば言うだろう。彼女はその予想ができないでいた。

 食事を終えて、手始めに買ってきた教書を広げる。一万ケレス、という生活費のほかに、彼女は数十億ケレスの資産を持っていたが、それは自覚がない。ただ金がある、という認識でしかなかった。

 彼女の持つ荷物の中には、遺物がいくつか入っているが、それも彼女にとってはガラクタだった。遺跡で拾った珍しいもの、という認識しかない。

 それが遺物を鑑定にかけたことがない、少女の認識の甘さだった。それでも奪われるのは納得がいかない。彼女が魔法銃を抜いたのは、それが理由だった。その他の理由はない。だからあの青年達から言わせると、全くのもの知らず、ということになる。

「あれ? この字、さっき見た」

 端に避けたメニューを見て、考え込む。この辺りはさすがに、彼女も解るらしい。店主はちらちらと見ながら、少女が無茶な行動に出ないか、とにかく見守っていた。仕方がない。双子からはくれぐれもと頼まれている。

 それが理由で、少女の外出時の行動だけはみはれないが、店内での行動は見張っていた。その違いを少女は知らない。

 メニューを開いて、同じ文字を見つける。それには確かに載っていた。だから少女は納得してメニューを閉じ、それからまた書き取りを始める。何か注文してくれるのかと期待した店主は、更に肩を落としたのだが。

 それから数セル、彼女はひたすらに書き取りを始めていた。続ける根気強さは、彼女も持っているらしい。ふと気づいたら、目の前にグラスが置かれていた。それにはジュースが注がれ、水滴までついている。つまり、少女は気づかなかっただけなのだ。

「これ、店主さん?」

「俺以外にいねぇよ」

 それもそうだ。店のことは、この店主一人で切り盛りしていた。

「あたし、いつまでここにいるの?」

「紹介状が出たからな。一応最終試験までだ」

「いつになるの?」

「今年の試験結果だな」

 冒険者ギルド加入試験は、毎年のことで、その中でも最終試験に合格した者だけが、ギルド加入を許されるのだ。少女はため息をついて、ジュースを飲んだ。

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