Komachi 14
彼氏彼女になってから時間が過ぎるのが早かった。
学外のお客さんや生徒、先生に望まれてのロックバンド『小林中国餐厅』再結成を始め、ビトーさん主導のオリジナルナンバー制作、店のバイト、受験勉強……忙しくて目まぐるしく、デートどころではなかった。学校の帰りやバイトの帰り、手を繋ぐチャンスだったがジロ君はいつも手をポケットに突っ込んでいた。……キスもジロ君が告白してくれたあの晩だけ。……折角カップルになったのに……ジロ君は飽きちゃったのかな。
休日にはスタジオに集まりみんなで新曲の練習、試験前じゃなければタロ君に家に来て貰い英語の勉強漬けになった。
交通事故のトラウマが発症した時もジロ君は私に甘えてくれなかった。カップルになってからの方が、心がぎゅうぎゅう痛い気がする。一緒にいるのになんだか寂しいな。
時折ウララちゃんとカフェのソファ席で『シチセー会議』をした。学祭のインタビューやライブでウララちゃんはビトーさんを気に入ったようで、私が恋の愚痴聞き相手になっていた。
「去年のクリスマス以降、全然遊んでくれなくてかなりブルー」唇を尖らせたウララちゃんはフラペチーノに刺さったストローをかき回す。円運動する度にさくらんぼ柄のキャミソールに包まれた大きな胸が揺れる。
「もう八月だもんね……。会えないのは寂しいよね」
「仕事とバンド忙しいのは分かるけど、ちょっとは顔見たいじゃん。美容室とスタジオ、小林の店じゃないと会えないのがムカつく。ってか早く付き合ってよ! あちしもう一八歳だよ! 夏だよ! デートの季節じゃん!」イラついたウララちゃんはストローを噛む。
ウララちゃんとビトーさんは付き合ってるように見えて付き合ってない。非常に微妙な関係……友達以上恋人未満ってやつだ。ビトーさんはウララちゃんと知り合ったばかりは乗り気だった。しかし慎重な所(結構チキン)があって『お財布代わりにおっさんと遊んでくれるのは嬉しいけど、未成年とお付き合いするのはちょっとなぁ』と尻込みしてる。……ウララちゃんは真剣にビトーさんを想って猛アタックしてるのに、ビトーさんはウララちゃんを子供扱い。ってかお財布扱いなんてしてないよ。ウララちゃん優しい子だし、ビトーさんのお財布の具合なんて初めから知ってるよ。……そりゃ私たちは親の脛を齧る高校生だから仕方ないけど、一人の女性として扱ってくれてもいいんじゃないかなって。スタジオで待ち構えるウララちゃんに抱きつかれては照れ笑いを浮かべてる……そんな風に喜ぶならもっとウララちゃんを大切にしてよ。生殺しだよ。私を放ったらかすジロ君とビトーさんが重なって少しイライラした。……でもジロ君と間違えたパパにビトーさんは乱暴されてるから私の口から言えないんだよね。ビトーさん、パパの件もあってかなり慎重になってるかもしれない。
「お家だって行きたいのー。ご飯も作ってあげたいのー。舞美さんの餃子食べるみたいに『美味い、美味い』って喜んで貰いたいのー。でも彼女じゃないもん……。そこまで踏み込めない」
ウララちゃんの相談(愚痴)を聞く度、凄いなって思う。私と全然違う。私はジロ君に一度振られて『そっか』って引き下がり更にはほったらかされて眉を下げるだけだけど、ウララちゃんは『ヤダヤダ。彼女にしてくんなきゃ絶対ヤダ!』って食いついてる。私には考えられない事だ。
「学祭直後にデート誘ってみたらどうかな? ビトーさん、また仕事で忙しくなるから学祭直後が狙い目じゃないかな? 来年カットのコンテストがあるんだって。それに向けて腰を据えるみたい」
「マジ? シチセーってばコンテスト出るの?」
「うん。そうみたいだよ」
咥えていたストローを離したウララちゃんは悪戯っぽく笑う。
「んふー。じゃーあちしもコンテスト目指そっと」
「コンテストって……放送部の?」
「んーん。カットの」
「え?」
にんまり笑んだウララちゃんは脚を組み直す。
「美容師になっちゃる。待ってろシチセー!」
「え……え? アナウンサーとか放送局じゃないの?」
「んーん。それだと大学行った方がいいでしょ。ウチ、大学までのお金ないし、奨学金もしんどいし、放送は部活で楽しめたから充分って」
「それにしても決断早いよね?」
「実は前から興味あったの。他人を綺麗にする仕事って素敵だな楽しそうだなって。それでお客さんに喜んで貰えるって最高じゃん。好きな人が夢中な仕事なら尚更やりたいって。んでシチセーよりも腕の良いカリスマ美容師になっちゃる!」
「凄い凄い! やっぱりウララちゃんって凄いカッコいい!」
「んふー。今からシチセーはあちしのライバルでっす!」
ビトーさんの口真似をしたウララちゃんは誇らしげにピースサインを掲げた。
「ウララちゃんって立派だなぁ……。私、ウジウジ落ち込んじゃうタイプだから一緒にいてちっぽけに感じるよ……」
「まーたそーやって誰かと比較して自分を下げる。コマチはコマチの良さがあるからいいの! それに漸く気付いたおバカな小林が振り向いたんでしょ!」
急にジロ君の話を振られて寂しくなる。付き合って半年は経ってるのに……ずっとカップルらしい事してない。俯いているとウララちゃんは私の顔を覗く。
「ね。何処でシたの?」
「え?」何を?
顔を上げた私にウララちゃんは小声で問う。
「セックス。何処でシたの?」
思いもよらぬ問いに頬は疎か耳まで熱くなり、視線を彷徨わす。
「なっなっ何でそんな事聞くの!?」
「えー。だって知りたいじゃん。純情高校生カップルは何処で致すかなって」
「こっ高校生だからそんな事シないよっ」
「えー。マジ? 小林ってヤリチン東條の親友の癖に奥手ー。コマチは小林とシたくないの?」
ウ……ウララちゃんって大胆だよね。そりゃ彼女としては少し進んだ関係になれたら素敵だなって想ってるけど……。私、おっぱい小さいし、互いの家じゃ無理だし、素敵な下着も持ってないし、ホテルも高校生お断りだし、何よりキスすら一度きりだから現実問題難し過ぎるよ……。でもウララちゃんに心配かけちゃいけない。ウララちゃんはビトーさん追うのでいっぱいいっぱいだから。
「あ……う……シ、シたくない訳じゃないけど、そーゆーのジロ君に任せてるから」
「まじか。春にはコマチはハワイじゃん。ヤるなら今の内だぜ?」
「そ……そうだけど、ジ、ジロ君のタイミングでいいから……」
ウララちゃんってば生々しい事聞かないでよ……。今晩のスタジオでジロ君の顔まともに見られなくなっちゃうよ……。
「でもシとかないと逆に心配じゃない? だって男だよ? しかもヤりたい盛りの年齢の健全な男子。小林だって男だもん。コマチがハワイで一生懸命勉強してる間、ムラッとキて適当な女に童貞捧げちゃうかもしれないじゃん。そーゆー可能性だってあるって事」
「心配してくれるのは分かるけど……あまり考えたくないなぁ……」
そうなんだよね。ジロ君だって男子だもの。エッチな事考えてる筈なのに手さえ繋いでくれないとか……。卒業後どころか学祭までお付き合い続いているのかな。
項垂れていると、ウララちゃんは眉を下げる。
「そうだよね。ごめん」
「ううん。気にしないで」
その晩も練習を終え帰宅して浸かったバスタブで悩んだ。
やっぱり彼女としては寂しいな。お揃いのマフラーを巻いても(冬限定で夏が寂しい)同じ時間を過ごしていても、ジロ君は遠い。ライブハウスで倒れた日から遠い。弱みを見せまいと一人で立ってる。……わざと距離を作ってるのかな? ジロ君、今もとてもモテる人だもの。後輩の女の子から色々差し入れ手渡されるし(私の手前、丁寧に断ってるけど嬉しそう)、昼休みにサッカーしてたら女の子達がこぞって見物に行くもの。携帯電話のカメラ向けられてこっそり画像撮られて……。待ち受けにしてる女の子沢山いるもの。
ジロ君に好きな女の子出来てたら悲しいなぁ。水族館デートの時はジロ君の気持ちを分かってるつもりでいたけど、付き合うとどんどん分からなくなる。馬鹿だな私って。不安に耐え切れるかな……。『彼女』って片想いよりもしんどいな。
夏休みが明け、中間試験を乗り越え、学祭を迎えた。二日に渡るライブでタロ君が人気者にのし上がった。スポーツマンで誰にでも分け隔てなく優しいジロ君は元から人気者だったけど、ステージに上がるとみんなの視線を掻っ攫うのはシンガーのタロ君だった。ステップを踏み、飛び跳ねMCですら動き回る。陸上をやっていたジロ君でさえ肩を軽く上下に揺らして呼吸してるくらいなのにタロ君は決して息を切らせず歌い飛び跳ね喋る……。キラキラに輝いてとても眩しい。同じメンバーなのに、店で一緒に働いてるのに、大切な友達なのにとても遠い人に見えた。
ライブが跳ね、打ち上げ会場の小林中国餐厅に向かう前にみんなでゲーセンにプリクラを撮りに行った。提案したのは私だ。……学祭が終わったら受験に集中したいしバイトも減らす。それにバンドの練習で会う事もない。彼氏彼女と言う関係からジロ君を解放してあげようと覚悟を決めていた。キラキラに輝いた想い出を閉じ込めた集合写真が欲しい。それなら別れてもきっと持っていられる。
撮影を終え、軽く悪戯描きを施して、印刷されたシールを筐体に備え付けられたハサミで四等分する。するとタロ君に肩を叩かれた。
「コマっちゃん、コマっちゃん。久しぶりに係やるのよー!」
タロ君はダンスゲームの筐体を指さす。
「わ。いいの? 二人を待たせちゃうよ?」
「亀さん達待たせてやるのよー! ドラマーとシンガーは甲羅背負ってない分、身軽なのねー」ギグバッグを背負ったジロ君とビトーさんをタロ君は見遣った。
「ふふふ。確かに亀さんだね」
「体育係のうさぎさん達はぴょんぴょんぴょこたん、ステップ踏んじゃうのよーっ! 行くぜ! 体育係!」
「えーおー! ラジオ体操第二ぃ!」
筐体に上がり、ダンスミュージックに乗り、久しぶりにタロ君とステップを踏む。二人ではしゃいでいるとギャラリーに囲まれていた。同じゲームを愛する人たちだ。『凄くね?』『ヤバくね?』『ガチじゃん』『男子係と女子係がいる!』『おおっまじだ。体育係がいる!』筐体を取り囲むゲームファン達は口々に述べる。……注目されると恥ずかしかった。タロ君と遊ぶ度に視線を感じてたけど、口に出されるのは初めてだ。
ちらり目の端でジロ君を見遣る。ジロ君は缶コーヒーを片手に驚いた顔で私を見つめていた。……恥ずかしいな。頬が熱くなる。
ゲームが終わり、筐体から降りるとジロ君とビトーさんは何やら真剣に話し込んでいた。
「……みんなでロックやれたらって……。でも分かってます。コマチはコマチ、ビトーさんはビトーさんの道があるように、俺しか走れない道があるって。だからここは楽しい通過点。本当のスタートラインじゃないって分かってます。一一月すぎてもまだそれだけしか見えてません」目を伏せたジロ君は苦しむように言葉を紡ぐ。
……卒業後の話をしてるんだ。ビトーさんがジロ君の相談に乗ってるんだね。
タロ君と顔を見合わせると、気づかれないよう少し離れた所で耳を澄ませた。
大人のビトーさんはジロ君に優しく丁寧に背中を押す。ジロ君が既に答えを出して邁進したい事に気づいている。大きな不安があっても、仲間として『そんなの何クソだ!』って応援して貰いたいジロ君を分かってる。
「俺とお嬢はいない。ステージに立つ上で最悪に不利なトラウマも抱えてる。それでもバンドもロックも好きか?」
ビトーさんの問いにジロ君は瞬時に深く頷いた。ビトーさんは微笑む。
「ジロが走る道、それなんじゃない?」
聞き耳を立てていたタロ君を見遣ると小さくガッツポーズを決めていた。……親友として相棒として同じ道を走る意志が見られて嬉しいよね。……いいな。タロ君はジロ君といつまでも一緒に居られる。
いつか二人のライブを見てみたいな……。瞳を伏せているとジロ君が更に胸の内を吐露する。
「俺ロック愛してます。考えるだけで胸が高鳴って居ても立っても居られない。寝ても覚めても落ち込んでもトラウマに捕らわれても頭ん中はずっとそれで……一生やりたい。骨埋めたい。でもそれと同じくらいでっかい気持ちでコマチと結婚したい」
え……今『結婚したい』って言った?
驚き隣りを見遣ると満面の笑みを浮かべたタロ君に肩を叩かれた。
私たちに気づかないジロ君は言葉を紡ぐ。
「結婚ってなると金貯めなきゃで。そうなると向こうのご両親安心させるためにもアルバイトよりも就職した方がって……ロック以外に好きな事を仕事にしたくてもそれが見つからなくて八方塞がりで畜生どう言えばいいんだ何すりゃいいんだ畜生畜生畜生!」
……ジロ君、そんな気持ちで私と付き合っていたんだ。大切に想ってくれてたんだ。最近は手も繋いでくれなかったし、キスもあの晩以来なかったし、全然頼ってくれないし、忙しいとは言えデートもなかったからもう気持ちがないのかなって想ってた。胸がぎゅうって痛い。悲しくて痛かったのに今は違う。嬉しくて痛い。瞬きする度に涙腺が熱くなる。
二人に気づかれないように洟を啜るのは大変だった。
最終的にビトーさんは二つの夢に突っ走りたいジロ君の背中を押した。
「ジロはジロの道を突っ走れ! 熱くなれ! 俺が保証する! 夜空で一番蒼く燃え上がる一等星になる! おっさんの小っ恥ずかしい説教はこれにて終了!」
拳を振り上げたビトーさんは深い溜息を吐くと顔を上げる。すると視線が合った。ぎょっとしたビトーさんはジロ君の背を叩く。ジロ君は私達を見遣るとビトーさんと共に『げ』と呟いた。
タロ君は粘ついた笑みを浮かべた。
「ど、何処から聞いてた?」脂汗を浮かべたビトーさんは問う。
「『俺とお嬢はいない。ステージに立つ上で最悪に不利なトラウマも抱えてる。それでもバンドもロックも好きか?』から」タロ君は笑みを更に粘つかせる。悪魔そのものの顔をしていた。
「始めからじゃん!」耳まで真っ赤に染めたビトーさんは手で顔を覆いその場に屈んだ。
ジロ君は唇を震わせる。
「じゃ……じゃあ俺がしたい事も聞かれてた訳だ?」
ジロ君のしたい事……私がしたい事と同じ。本当はジロ君といつまでも一緒にいたい。同じ夢を持っていただなんて……嬉しくてとても恥ずかしい。涙が零れ落ちそう。深く息を吸い、想いを言葉にする。
「……私もジロ君が大好き。パパが反対しても私………………。お、お、お婿さんは! ジロ君じゃなきゃヤなんだから!」
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