Komachi 11


 夏休みが終わり、日に焼けて真っ黒になった友達と顔を合わせたかと思うと中間試験の時期がやってくる。タロ君は今回も余裕の総合順位一位。バンドの練習にも精を出していたけれども木枯らし君は三位の座について特待生の勲章を守り抜いた。木枯らし君は努力の人。その上並々ならぬ成果も上げるから……本当、ヒーローだよね。尊敬する。


 夏季の制服から冬季の制服に変わると体育祭や小さな劇場を借り切っての観劇会等、楽しい行事が盛り沢山になる。修学旅行ではタロ君と木枯らし君と同じ班になって京都を観光した。三人並んで歩くのも楽しかったけど、ムトーさんがいないと物足りなかった。タロ君も木枯らし君も同じ事を言ってた。……ムトーさんは大切な仲間だなって改めて感じた。


 秋も深まり一一月の学祭に近付く。木枯らし君はタロ君の専属家庭教師や宝おじさんの集中レッスンで余裕が出来た。事故で怪我を負った左脚も完治し店に降りてはホールをちゃきちゃき捌いたり、早朝にジョギングに出たり筋トレしたりと生活を楽しんでいる。……入院生活や特待生になる為に勉強漬けだった春は心に余裕がなく、傍目にも作り笑いする事が多かった。でも今は心から笑ってる。ホールに木枯らし君の笑い声が響く度、皆んなが嬉しくなった。


 その晩もバンドの最終練習と反省会を終え、着替えてトイレを出ると木枯らし君に『送ってくよ』と声を掛けられた。


「うん。タロ君も一緒?」


 頭を掻いた木枯らし君は苦笑を浮かべる。


「いや、タロはアニキと予定があるって……先に出た」


 夜一〇時を過ぎてるのに何するんだろう。この所ビトーさん(ムトーさん。訳あって渾名がビトーに。旧バンド『ベンディングマシーン』での名前)とタロ君はとても仲がいい。練習後はちょっと遊んでから帰宅する。この前は一一月なのに公園で花火したらしいし、その前は一リットルの牛乳パック早飲み競争だとか……男の子って理解し難い。


「そうなんだ。じゃあ今日は二人だね」


 俯いた木枯らし君は『ん』と返事するとギグバッグを背負い直した。


 二人でスタジオを出る。するとエントランスで木枯らし君は肩に掛けていたトートバッグから袋を取り出し、私に差し出す。


「久しぶりに焼いたから……感想聞かせて欲しい」


 受け取った水玉柄の袋を開けるとクッキーが入っていた。可愛いマーガレットだ。


「わ! 久しぶりに焼いたんだね! しかも絞り出し!」


 木枯らし君はこっくり頷く。


「寒くなって来たからオーブン使いやすくて……」


「厨房いつも暑いよね。夏は特に酷いもの。オーブン使ったら倒れちゃうよ」あの中、舞美さん一人で調理してるんだから凄いよ……。


「ん。それもあるけど夏に焼いたら溶けて平ったくなっちまってさ。流石にこれじゃ立花先生に感想貰うの情けないなって」


「ふふふ。このマーガレットすごく綺麗に出来てる。沢山入ってるからお花畑みたいで素敵」


「マジで? うわー褒められた! すげぇ嬉しい。絞り出しは初めてでビビってたんだ」木枯らし君は笑顔を咲かせる。


 手に取り一粒味わうと優しい甘みが口の中に広がる。


「すごく美味しいよ! 私、これ好き。大好き!」


 微笑むと頬を染めた木枯らし君は顔を伏せる。……褒め慣れてないのかな? 木枯らし君は凄い人なのに、意外。


「優しい味で大好きだよ。でも平ったいクッキーも食べたかったな」


「サ……サンキュ……」


 少し歩き自販機で微糖の缶コーヒーを二本買う。一本を木枯らし君に差し出す。


「クッキーと一緒に飲もう? お行儀悪いけど食べ歩きでいいかな? 遅くなるとパパが心配するから」


「お、おう」木枯らし君は缶コーヒーを受け取るとプルタブを起こす。小気味の良い金属音が響くと歩き出す。


「何か部活みたいだよね。バンドにお菓子作りに。バンドは四人の部活だけど、お菓子作りは二人の部活だね」


「部活って言うかお菓子は同好会? 人数が少なすぎるよな」


「そうだね。バンドは顧問のビトー先生や宝先生が居るけど、お菓子は顧問いないもんね」


「いや、俺にとって立花は先生だよ」


「ふふふ。お世辞でも嬉しいな。学祭終わったらお礼にパウンドケーキ焼いてくるね」


「学祭……あと二日だな」


「短かったよね。だのに木枯らし君ってばおじさんに食いつくように練習してメキメキ上達して本当に頑張ったよね。きっと軽音の子達、驚くよ」


「うん、めちゃくちゃ感謝してるよ」


 頭を掻いた木枯らし君は俯く。それきり黙ってしまった。


 何かまずいこと言ったかな。……ううん。言ってないよね。だって二人で帰るんだもの、言葉に困るよね。タロ君やビトーさんと二人で帰ったり、みんなで肩並べて帰ったりはよくあったけど木枯らし君と帰るのは今日で二回目だものね。好きな小説や漫画が同じでも会話のネタが少なくて困るよね。


 繁華街の光の下、夜空を見上げる。三つ並んだ星はまだ見えない。冬の星座……きっと学祭が終わった中旬には見えるんだろうな。


 学祭ではウララちゃんにサプライズを頼んだ。ライブ映像やメンバーインタビュー等、映像に残して貰う約束をした。学祭当日に来られない舞美さんやパパとママの為、そして好きな女の子……ウララちゃんに会わせて木枯らし君の士気を上げる為だった。


 ウララちゃんは快く引き受けてくれた。ドキュメントの大会で映像を使う事と引き換えに頷いてくれた。未編集の映像はディスクに焼いてくれるそうだ。みんな喜ぶ。すごく楽しみ。……でもまだ秘密。だってみんなを驚かせたいもの。


 楽しいサプライズに一人笑んでいると木枯らし君が沈黙を破る。


「……こ、こ……こま」


「こま?」何だろう? 隣を見遣ると俯いたままの木枯らし君が頬を真っ赤に染めてる。


「こ、こ……こ、こここ」


「落ち着いて? 取り敢えずコーヒー飲みなよ」


 木枯らし君は缶コーヒーを呷ると長い溜息を吐く。


「こ、困った時は……俺を頼ってくれよ?」


「う、うん」


 え。何だろう。そんな話を突然に。……あ。会話のネタを頼らなかったから気にしてくれたんだね? 沈黙が続くと不安になるもんね。木枯らし君は優しいな。


「ありがとう。頼りにしてるよ!」


 顔を上げた木枯らし君に微笑むと、頬を更に染めて頭を掻いた。

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