Komachi 9
今日は頼んでいたCDが入荷する日だ。おじさんの店……オレンジ楽器店で取り寄せを頼んでいたジャズのCDだ。夏休みに入ったばかりだし六原上野から出ないのも味気ない。折角の日曜だもの。店に寄った後は電車に乗ってお洒落な街のカフェでご飯食べてお洋服でも見ようかな。この前、ママと選んだ水玉のロカビリーなワンピースを着て、商店街へ向かう。
店のガラスドアを押す。
「おじさんこんにちはー」
おじさんは昼時にキャッシャー台の中の丸椅子でぼんやりしてる……しかし今日は佇んで男の子二人組の接客をしていた。見慣れた背の高い男の子達に瞳を丸くする。
「ってタロ君と木枯らし君! いらっしゃいませ」
私に片手を挙げたタロ君の傍らで木枯らし君がお財布を開いてる。今日はアザラシの赤ちゃんのキーホルダーを下げたギグバッグを背負ってない。レッスンじゃなくてお買い物に来たんだね。毎度ありがとう御座います。
「あ。うん。こんちは……」木枯らし君は視線を逸らす。三日振りに顔を合わせた所為かな。学校みたいに毎日顔を合わせないと何だか遠くなるよね。楽しい買い物なのに気まずくしてごめんなさい。
タロ君は新譜コーナーへとブラブラ歩き、おじさんは木枯らし君が買っただろうギターの弦を紙袋に詰める。
「ちいちゃん久しぶり。また綺麗になったね。この間の円盤?」
恥ずかしくて顔を伏せる。男の子達の前でリップサービスなんてやめてよおじさん。綺麗になってないから。
「うん。ニューヨークの溜息の」
「相変わらずセンスいいよね。可愛い姪の為に避けてるよ。ちょっと待っててね。ハンサム侍の会計が終わってからね」おじさんは木枯らし君を見遣る。
おじさんってばナイスネーミング! 木枯らし紋次郎ならぬ小林紋次郎だし、誰が見ても木枯らし君はハンサムだもんね。
頬を染める木枯らし君には悪いけどクスクス笑ってしまった。
商品を渡し、会計を終えたおじさんは『宝探しするからちょっと待ってね。んーとどの段ボールに入れてたっけ。王墓の発掘だなぁ』と背を向け、バックヤードへ姿を消す。ふわー……時間掛かるの? おじさん整理整頓苦手だから困っちゃう。大切なエレキ、ウチの防音ルームに預けるくらいだもの。おじいちゃんたらおじさんに『宝』なんて名付けるんだもの。その名の通り宝探し大好きになっちゃったよ……。
木枯らし君は何だか余所余所しいし、引っ込み思案の私は話し下手だし間を持たせてくれるのは優しくてひょうきんなタロ君しかいない。新譜コーナーに居たタロ君を見遣るが居なかった。店内を見渡すけれどもタロ君は何処にもいない。変な風に気を遣わないでーっ! もう終わった恋なんだから。バイトみたいにタロ君が間に立ってくれないと私、まともに話せないよ……。タロ君が居なかった時は結構喋れるようになったのに。今はどうしてか……遠くなっちゃったな。
寂しさに瞳を伏せていると、木枯らし君が会話の切っ掛けを作ってくれた。
「……え、と。買い物?」
「うん」木枯らし君が声をかけてくれた……! しかし手持ち無沙汰で爪を鳴らしてしまう。
「うん。俺も買い物」視線を逸らした木枯らし君は頭を掻く。
「うん」
……ふわー。どうしよう。会話が終わっちゃった。折角木枯らし君が話を振ってくれたのに上手く膨らませられなかった。『ジャズのCDだよ』『ヘレン・メリルって知ってる? 気怠げなハスキーボイスがウララちゃんみたいで綺麗なんだよ』とか言えたじゃない。今思い浮かんでもしょうがないよ……。私の馬鹿!
木枯らし君が頑張ってくれた分、ううん、それ以上に私も頑張らないと……。
視線を彷徨わせ、会話のネタになりそうな物を探す。するとキャッシャー台に貼られてあるフライヤーに気がついた。愛器サブローを構えた木枯らし君と、木枯らし君の肩に腕を掛けたタロ君が大写しになってるフライヤー……。
「あ。……これメン募の。凄かったよね。掲示板ジャック。タロ君と木枯らし君らしくてロックでカッコよかった。木枯らし君とサブロー、いよいよステージデビューだね。ライブ楽しみにしてるからね。ここにも貼りに来たの?」
一言口に出すと以前のように自然に話せた。……良かった。
空気が柔らかくなったお陰で木枯らし君も微笑んでくれる。
「うん。ここでは慎ましやかに貼らせて貰ってる。軽音の奴らに『ちょっとだけ参加しない?』って声かけたんだけど悉く振られてさ。……それでもベースは確保出来た。ドラムは死守したくてさ」
「ドラム……」
まだ決まってなかったんだ。いいな……誰がスローンに座るんだろう。誰がタロ君や木枯らし君の楽しそうな背中を眺めるんだろう。一緒にステージに立つドラマーは幸せな子だな。羨ましいな。……どうしよう。胸がぎゅうぎゅう痛む。私、木枯らし君達のバンド、客席から仰げる自信がない。
私、嫌な子だ……。大切な友達を心から応援出来ない。
自分が恥ずかしくなり木枯らし君から視線を外す。
木枯らし君の声は弾む。
「立花はジャズ研のドラムだったよね。文化祭、ステージに立つんでしょ? ライバルだなぁ」
楽しそうな空気を壊してはならない。でも嘘は吐けない。
俯いた私は首を横に振った。
驚いた木枯らし君は声を上擦らせる。
「え、何で?」
「う、ん。ちょっと、ね……」
視線を外していても間に流れるのが落ち着かない空気に変わるのが分かる。肌も小さな胸もそれをヒリヒリ感じる。
どうやって誤魔化そう。どうすればジャズ研を辞めた事を伏せられる? 言葉を詰まらせていると穏やかでも冷静なおじさんの声が響く。
「ジャズ研の奴らに愛想尽かされちゃったんだよね」
声の方を見遣るとCDアルバムを持ったおじさんが私の隣に佇んでいた。
「おじさん! 言わない約束!」
おじさんは眉を下げる。
「ごめん。でも可愛い姪を放っておけないよ。ここ数ヶ月、練習に顔を出さないから見切られちゃったんだよ。この間顔を出したら新顔が入ってて、ちいちゃん復帰断られちゃってね。ドラム叩けないからずっと落ち込んでてさ。見てられないんだよ。ジャズにロック、ジャンル、違うけどさ……良かったらちいちゃんをメンバーに入れて下さい」
胸を詰まらせる私を他所におじさんは青ざめる木枯らし君に頭を下げた。
突然の事で声が出ない。体が動かない。私が誤魔化せなかった所為で、木枯らし君に心配をかけて、おじさんが頭を下げる羽目になった。どうしよう、どうしよう……! 私の所為だ!
混乱していると拳を震わせ顔から血の気を失せさせた木枯らし君が深く頭を下げる。
「また甘える事を承知でお願いします。立花、俺と一緒にステージに上がって下さい!」
「ちいちゃん、頼む。笑顔に戻ってくれ!」一度頭を上げたおじさんは私に向かって頭を下げた。
頭が真っ白になる。耳鳴りがする。私の所為だ、私の所為だ、私の所為だ。言葉を詰まらせていると二人とも次々と必死に訴えて頭を下げ合う。だのに私は聞き取れない。
何も出来ない自分が情けない。おじさんや木枯らし君に頭を下げさせる自分が恥ずかしい。もう泣きそうだ。消えて無くなりたい。
手のひらで顔を覆い、零れ落ちる涙を隠す。すると穏やかで人懐っこい声が耳鳴りの薄膜を破り、私の頭に鮮明に響いた。
「何? 水飲みラッキーバード?」
顔を上げると不思議そうな顔をしたタロ君が佇んでいた。タロ君は私を覗くと微笑む。
あの時の笑顔と同じだ……木枯らし君に振られた私の頭を撫でて慰めてくれた時の笑顔と。タロ君の笑顔の前なら心を落ち着けて素直に気持ちを言える気がする。
「タロ君あのね、私がドラムやってもいい? とってもやりたいの!」
「おう! 大歓迎よ! コマっちゃんがメンバーなら鬼にパンツ! 無敵なのねー!」タロ君はカララと豪快に笑った。
木枯らし君とタロ君のロックバンドに加わり、おじさんは自分の事のように喜んでくれた。青ざめた木枯らし君は『本当に俺、馬鹿過ぎで自分の事しか考えてなくて……。毎日俺の手伝いしてたら立花がジャズ研追い出されるって当然なのに気付かなくて……本当にごめん』と幾度となく謝った。
「そんな……もう謝らないで。木枯らし君の所為じゃないよ」
「いや、でも、冷静になれば考えられた筈だ。ホント、自分の事しか見てなくて周りが見えなくて……大切な人に迷惑かけてるのを気づけないとか最低すぎる」
「迷惑じゃないよ。本当に好きでやった事なんだから。木枯らし君は大変だったんだよ。一生懸命頑張ったんだよ。退院したら親友のタロ君いないし、お店回さなきゃいけないし、特待生になる為に勉強も尋常じゃない程に頑張らなきゃいけなかったんだもの」
「それでも……! そうだとしても、周りを見れば気づけた!」俯いた木枯らし君は拳を握りしめる。
「何度も言うけど好きで手伝わせて貰ったんだから思い詰めないで。木枯らし君を悲しませたくなかったから『辞めた』って言えなかったんだ。勝手にウジウジ悩んでごめんなさい」
「謝るなよ。謝らないでくれよ……! 俺が謝らなきゃいけないのに」木枯らし君の瞳が潤む。
どうすれば落ち着かせられるかな……。目頭を抑え、洟を啜る木枯らし君を前に狼狽えているとタロ君が助け舟を出す。
「ちょっとジロちゃん、女の子の前でダメよ? 暑苦しいだけよ? 好感度ダダ下がりよ? ダバダバ流すのは手汗だけにしときなさいよ?」
眉間に皺を寄せた木枯らし君はタロ君を睨む。
「まだ泣いてねぇよ……」
「ましてやコマっちゃんの前ならねぇ?」タロ君は粘ついた笑みを浮かべる。
木枯らし君は鼻を鳴らすとキャッシャー台のメン募のフライヤーを剥がした。
「コマっちゃん、大事になってごめんね? 本当はこの間、話持ちかけようとしたんだけど、暑苦しいお馬鹿から電話掛かって台無しになっちゃったのよねー」タロ君はフライヤーを折り畳む木枯らし君を横目で見遣る。
「え。あの時誘おうとしてくれてたんだ? わ! すっごく嬉しい! ありがとう!」
「本当はメン募貼る前から誘いたかったのよー? でもジャズ研の手前、声掛け辛かったのねー。校内で引き抜き話振ったら誰が耳ダンボで聞いとるか分からんし、バレたらコマっちゃんに類が及ぶでしょ? だからお家にお呼ばれした時に切り出し……」
目をカッと見開いた木枯らし君がタロ君の話を遮る。
「なっ……! お前、立花の家に行ったのかよ!?」
あ……それ内緒の話だったよね。
口を滑らせたタロ君は眉を下げて笑う。
「たはーん」
「ちょ、おま……タロ、狡いだろ! 狡すぎっ! 万死に値するっ!」眉を吊り上げ涼やかな目許を三角にした木枯らし君はタロ君の胸倉を掴む。ふわー。高そうなアロハシャツが皺々になっちゃうよ。本気で戯れるにしても二人とも背が高いから大迫力でちょっぴり怖いな。
「悔しがるがいいのねー。タロちゃんってばコマっちゃんのお部屋にお呼ばれしちゃう仲なのよー? しかもコマっちゃんママ公認の仲なのねー!」揺さぶられるタロ君は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「立花の部屋っ!? 何ソレ何ソレ何ソレ何ソレッ!? お前、部屋で何してたんだよっ!?」
「そりゃお年頃の男の子と女の子ですからねぇ? 何ってナニでしょー。お手手繋いでちゅっちゅっちゅー?」タロ君は粘ついた笑みを浮かべる。やめてー。私とタロ君はただのお友達っ! おじさん聞かないでっ! おじさんおっちょこちょいだからパパの前でポロっと口滑らしたら大事になるっ!
慌てて隣りのおじさんを見やるが居なかった。売り場を見渡しても姿はない。しかし店の奥の練習室から物音が聞こえる。……練習室に居るの? 何してんだろう?
痴話喧嘩を繰り広げるタロ君達を呆れて眺めているとおじさんが戻って来た。おじさんは見慣れたものなのかニコニコ笑う。
「わ……。今日も? 仲良しだなぁ。ちいちゃん、お昼食べに行く? バイト君そろそろ戻ってくるからさ。駅の向こうに美味しい洋食屋さん見つけたんだよ? ハンバーグが最高なんだ」
「こんな騒ぎをバイトに丸投げとかおじさん酷いよ……? お食事よりもCD売って下さい」
「ああ。いけない。忘れてた」
おじさんはレジを打ち、金額を表示する。私がお財布を開いているとぽつり呟く。
「『痴話喧嘩 おとこ同士も 犬も食わず』字余り」
すると髪を掴み合っていた二人が一斉におじさんを睨む。
「痴話喧嘩じゃないのよーっ!」
「せめて兄弟って言って下さいよ!」
……タロ君、木枯らし君、どう見てもカップルの喧嘩……痴話喧嘩だよ。私、このバンドでやっていけるかなぁ。心配。
戯れ合いが収まり、おじさんの計らいで練習室の生ドラムをタロ君達の前で叩く事になった。わ。ツーバスだ。練習室で物音立ててたのってドラム移動させてたんだね?
ワンピースのままでは心置きなくキックペダル踏めないので、おじさんから借りたジャージを穿く。ふわー。おじさんってばオシャレな怪盗三世みたいに脚が長いから裾が余っちゃう。幾度か折り返し、裾が落ちないようにガムテープで止める。ハイヒールもスニーカーに履き替えた(偶にバックヤードの整理手伝うので一足置かせて貰ってる)。
軽くステップを踏みいつものライド&ハイハットでレガートなジャズから太鼓系統へと頭と体を切り替える。目を細めたおじさんが『メタルだけどあれやりなよ。おっとり天使なちいちゃんがメレンゲやればタロちゃんもハンサム侍もぶったまげておっ死ぬよ』とアドバイスした。メンゲレね。うん、私もそのつもり。わざわざツーバスにセッティングしてくれたんだから無駄にはしないよ!
おじさんとタロ君、木枯らし君が見守る中、スローンに座す。動画撮影の携帯電話を構えた木枯らし君ににっこり笑うとヘッドホンを付けて息を吸った。
「マジかよーっ! マジで死の天使じゃんっ」
木枯らし君が撮影した動画を眺めたムトーさんは腹を抱えて笑う。ムトーさんってばテーブル叩いて
小林中国餐厅の月曜夕勤でタロ君と木枯らし君にベース担当を紹介された。ムトーさん、もとい武藤
腹にベッタリついたラー油に気づかず、椅子に座したムトーさんは私を見上げる。
「すげぇ! プロじゃん! マネージャーや事務所通さなくて大丈夫なの?」
「プ、プロじゃありませんよ。趣味がない暇人だからドラム突き詰めただけで……」恥ずかしいからベタ褒めリップサービスしないで。
「お嬢は謙遜の人だよなー。マジでこれ凄いよ? 金払って聴くレベルだよ? こんな高速ドラミング聴かされたらジロが知恵熱出すの頷けるよ。暴力的でテクニカル。いつものおっとりフワフワエンジェルお嬢から想像できないよ!」
木枯らし君は熱を出しておやつの時間まで寝ていた。夕勤のピンチヒッターとして私が呼ばれたけれども『ムトーさんと立花がメンバーとして初接触すんだから俺も出る』と微熱の木枯らし君はホールに立っている。ビックリさせてごめんね……。
「ご、ごめんなさい。いつもちゃきちゃき働いていれば……」
「うわー。そんなつもりで言ったんじゃないよ! 褒めさせてよ! 本当凄いから! こんな凄いのにタロジロ俺バンドに入ってくれてありがとうって言いたいんだ」
「わ、私こそ快く入れて貰って……本当に嬉しいです」
「でも思い返すと意外じゃないかも? 流石にここまでは想像つかなかったけどお嬢が骨太なドラマーっての頷けるんだよね。だって居酒屋のバイトでジョッキ一二杯も同時に運んだって聞いたし、かなり筋力あるじゃん」
「竹下の話じゃ演劇部の搬入で戸板ほどの厚ベニヤ板一〇枚を両脇に抱えて一階から一〇〇階まで駆け上がったワルキューレも真っ青な女神だとか」タロ君は満面の笑みを浮かべる。
「そうそう。この前アリーナでバスケットボールをコートの端から端へとブン投げたし、病院脱獄の時は車椅子持って階段降ろうとしてた。めっちゃパワー系ヒーローだった」悪戯っぽい笑みを浮かべた木枯らし君は私を見遣る。
「ふわーっ! 馬力バラさないでーっ!」みんな意地悪っ! ってか竹下君話盛りすぎ!
営業中だけどお客さんが少ないしムトーさんの奢りのジュースで乾杯した(ビール好きムトーさんは勿論ビール)。
学祭でやりたい曲、やりたい演出、練習場所の目星、リーダー、広報、バックドロップ幕等、楽しい話が止めどなく溢れ出す。みんなで盛り上がっているとあっという間に長針と短針は六時を示す。しかしお客さんはムトーさんだけ。いつも六時から仕事上がりのおじさん達がやって来るのに。まるで神様がくれたエアポケットみたいな時間だね。
ムトーさんはいつも『俺の餃子焼き上がってますー?』なんて冗談を飛ばして大好きな餃子とビール楽しみつつ、お客さんがいないホールでぶらぶらするタロ君や木枯らし君と駄弁る。でも他のお客さんが来ると黙々と餃子とビールの消費に徹する。……お店の売り上げにもホールにも心優しい人だ。
いつものように焼きたての餃子を笑顔で頬張り舌を火傷したムトーさんはビールを流し込むとお客さんがいないホールを見渡す。
「……まだメンバー会議出来そうだな。細かい話は次に突き詰めるとしてバンド名だけでも決めちゃおうか。さて、どうする?」
タロ君はすかさず挙手する。
「第一次南極観測隊」
「マジで言うのかよ。樺太犬ファンめ」木枯らし君は呆れる。
「だってー。タロちゃんとジロちゃんが揃ってるのよー? 強くて逞しいワンワンなのよー? 南極にはアザラシの赤ちゃんもおるし」
「俺が仲間外れじゃーん。タロジロも楽しいけどさ、全員の特徴や共通事項にフォーカスした名前にしない? 折角のグループなんだしさ」ムトーさんは眉を下げて笑う。
「タロ、ジロ、コマチ、シチセー……例えば?」木枯らし君はタロ君を見遣った。
両腕を組んだタロ君は首を捻る。
「『学生と中年』?」
「俺まだ中年じゃないからねっ! おっさん風吹かせてるけど二五だよっ!」ムトーさんは慌てて反論する。……うーん、席を立つと時々お腹でラー油の瓶を当ててひっくり返すんだよね。筋肉ついて綺麗な体型だけど……中年のぽっこりお腹に進化し始めてるじゃないかな?
「んもー、ムトーちゃんったらその悩ましい腹で二世育ててるんでしょ? 何ヶ月?」タロ君は粘ついた笑みを浮かべる。
「この店に通ってもう六〇ヶ月! なかなか出てこないのっ! でも世界一美味い餃子とビールで父子共に健やかでっす!」ムトーさんの元気な酒焼けハスキーボイスが響く。
タロ君はムトーさんの腹を撫でさすり『腹直筋ないないなのよー』『目指せビア樽三段腹ー』とゲラゲラ笑う。
「……全員の特徴ってなんだろう?」私は誰ともなく呟いた。
すると木枯らし君が私を見遣る。
「野郎三匹に女子一人、犬っころ二匹にアザラシの赤ちゃんにピアスだらけの餃子イーター……てんでバラバラだよなぁ。共通事項って言えば『人間』くらいしかないよな?」
「う、うん」ア、アザラシの赤ちゃんってやっぱり私なの?
するとタロ君と戯れていたムトーさんが顔を上げる。
「共通事項あるじゃんか。ほら、みんな同じ場所にいるじゃん! 店員と客じゃん!」
「ふわっ!」
「ほへー! なるほど!」
「目の付け所がシャープなのねーっ!」
わぁ! ワクワクする! そんなバンド名になるんだ?
驚き喜ぶ私達にムトーさんは悪戯っぽく笑う。
「『小林
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