Komachi 6


 木枯らし君の数学の勉強を手伝い、店を手伝い、毎日が過ぎる。ジャズ研の生ドラムは疎か、家の電子ドラムすら触らない日々が続いた。スローンに座りたい……と思っても、忙しくて疲れてなかなか時間が取れない。でも泣き言溢しちゃダメだ。だって木枯らし君やタロ君、舞美さんが大好きで手伝っているんだもの。こんな私でも少しでも力になれたら嬉しい。


 新学期が始まり、学年が上がる。私と木枯らし君は同じクラスになった。木枯らし君は私を見るなり駆け寄って『これから一年よろしくな!』と笑ってくれた。タロ君とも一緒になれたけど、ウララちゃんとは別のクラスになってしまった。


 担任の大喜だいき先生の司会進行の下、クラスメイト達はそれぞれ軽く自己紹介して各委員や係決めをする。委員が決まり、各教科の係も大方決まる。私は今年も女子体育係を担う。まだ帰ってこないタロ君の席……男子体育係を抑えようと挙手したら既にクラス委員に決まった木枯らし君も挙手する。あれ? 木枯らし君、タロ君の係をリザーブするのかな?


 斜向かいの席の木枯らし君は『やる気満々!』とばかりに大きく手を振る。


「俺、クラス委員だけど今年は体育係どうしてもやりたいです。いや、やらねば気が狂います。やらせろっ!」


『どうしてもって何だよー』『狂え狂えー』と笑う仲のいい男子達に悪戯っぽく笑った木枯らし君は挙手する私を見つめる。


「立花はどうして手を挙げてるの? 女子の係に入ってるじゃん」


「あ……あの、タロ君の分……」


 人気者の木枯らし君にみんなの前で話しかけられるのは初めてで口籠もりそうになる。こんな弱気じゃ木枯らし君にタロ君の係が取られちゃう。ダンスゲームコンビの『体育係』は学校の体育係でもなきゃ話にならない。だってコンビ結成した時にタロ君と固く約束したんだもの。


 首を横に振り、深呼吸すると口を開く。


「私、体育係は今年で二回目です。……なので女子体育係として去年体育係だったタロ君を推薦します。木枯らし君はクラス委員なので係の掛け持ちは大変だと思います。でもタロ君が戻るまでのピンチヒッターとして宜しくお願いします」


『そーだそーだ! 素人は引っ込んでおれー!』『東條が戻ったら小林お払い箱ー!』と木枯らし君と仲のいい男子達は囃し立てる。がっくり肩を落とした木枯らし君は雨の中捨てられて濡れた子犬のような瞳で私を見つめる。……ご、ごめんなさい。こればかりは譲れないの。


「……俺じゃ、ダメ?」


「ご、ごめんなさい……」


 木枯らし君は深く項垂れた。貴重品の預かりや更衣室の開け閉め、用具の出し入れ、怪我人の搬送等大変な仕事ばかりなのでどうして木枯らし君が係やりたいのか分からない。でも……振られちゃったけど好きな人と少しでも長く居たら楽しいだろうな。


「タ、タロ君が学校に来るまでの間、兼任してくれると助かる……」


「うん。そうさせて。タロが戻るまで、俺一生懸命頑張るから。よろしく」顔をあげて微笑した木枯らし君は片手を差し出した。


 え。また? 握手好きだね? スポーツマンだから? ……ってかみんなの前で握手?なんてダメだよ……。だってそんな事したら木枯らし君の友達が囃し立てるし、ウララちゃんじゃなくて私の事が好きだって勘違いされちゃうよ……。そんなの良くない。


 差し出された手を見つめていると木枯らし君が引っ込める。


「あははー。振られちまったー」


 引っ込めた手で頭を掻き、苦笑を浮かべる木枯らし君は『セクハラやーん』『フラれてやんのー』『よっ! 手汗大王!』と男子達の激励をやり過ごす。


 恥掻かせてごめんなさい……。でも皆んな勘違いしちゃうから。それは絶対に避けたいから……。ウララちゃんへの片想い、友達として応援させて。




 五月の中間テスト直前にタロ君が戻って来た。


 タロ君が店に戻って来た日、パパとママの結婚記念日の食事会でバイトを休ませて貰っていた。木枯らし君からの報告メールで知っていたけど、実際に顔を合わせば嬉しさは一〇倍にも一〇〇倍にも膨れ上がった。


「コマっちゃん、久しぶりー。店も舞美さんも守ってくれてありがとねー! そればかりかお馬鹿の数学の面倒まで見てくれて感謝感激よー?」


 初夏の木漏れ日が窓辺に踊る教室で穏やかに笑う木枯らし君の隣でタロ君はニコニコ笑う。やつれていたけど元気そうだった。無事で帰って来た事が嬉しくて、タロ君のいない学校生活が寂しくて私は思わずタロ君に抱きついてしまった。


「タロ君おかえり! タロ君の為に体育係取って置いたよ! また一緒に頑張ろうね!」


「うんうん。頑張りましょーね?」タロ君は私の頭をポンポン叩く。


「ちょっと痩せちゃったね。舞美さんの美味しいご飯いっぱい食べてね!」


「勿論よー? 昨日は愛の手料理を沢山ご馳走になったのよー。今日の弁当も楽しみなのよー。舞美さんたらタロちゃんが大好きなゴロゴロお肉のハンバーグ入れてくれたのー」


「アレ、とっても美味しいよね。賄いで食べた時から私も大好き!」


「コマっちゃん」


「どうしたの?」


 顔を上げるとタロ君は悪戯っぽく笑う。


「俺の事大好きなのはクッソ嬉しいけど、そろそろ離してくんない? ジロちゃんってばすんごい顔で睨んでるから」


 タロ君の視線の先を見遣ると、いつも穏やかな木枯らし君が両腕を組み、眉を顰めて下顎をしゃくれさせてヤンキーみたいな顔をしていた。ふわー。男前が台無し!


「あ……ごめんなさい」


 即座にタロ君から離れる。……本当に凄みがある顔……入院してる時見せたあの顔よりは随分マイルドだけど凄くイラついてるみたい。ごめんなさい。タロ君は木枯らし君の親友だものね。ダンスコンビとはいえ気軽に抱きついちゃいけないね。


「んもー、ジロちゃんったらヤキモチ妬いちゃって。かわいいわねぇー?」


 俯いているとタロ君が火消しを始めた。


「軽率にそんな事すんじゃねぇっ!」木枯らし君の声はイラついている。


「ご、ごめんなさい……」確かに他人の親友に軽率な事をしてしまった。


 木枯らし君はバツの悪そうな顔をすると頭を掻く。


「い、いや、立花に怒ってるんじゃなくて……その……」


 口籠る木枯らし君を粘ついた笑みで眺めていたタロ君は話題を振る。


「そうそう、ジロちゃん。職員室前の忘れ物ケースにマフラー預けっぱなしなんだけど」


「マフラーってクリスマス前に無くしたヤツかよ。さっさと取りに行けよ。担当のコバ先困ってるぞ」


「そ、そ。恥ずかしいから一緒に取りに行ってくれなぁい? タロちゃんってばシャイボーイなのー」


「し、仕方ねぇな……。立花、じゃあ、また」


『ちゃおちゃおなのよー』と笑顔で手を振るタロ君とタロ君の頬をつねる木枯らし君を見送る。……他人に気軽に抱きついちゃいけないね。ヴァレンタインに振られた際タロ君に慰められた事もウララちゃんに誤解されてたし……。友達でもハグはダメって肝に命じなきゃ。

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