誕生日はかじまやー

 それからおよそ一ヵ月後、私と海音の子供が産まれた。


 それは、驚くほどの安産だった。

 朝ごはんを食べ終えて、いつもの習慣にしているお散歩と、体操を済ませ、そろそろ仕事の準備をしようかな、と思っていた矢先に陣痛がやってきた。


 富江さんが病院に電話をしてくれて、どのタイミングで病院へ行けば良いか相談してくれ、海音は何をしたら良いのか分からなくて、うろたえるばかりで……

 当事者の私は、初めての経験だったから痛いのやら、不安なのやらで何が何だかわからなかったのだけれど、最初の陣痛から分娩台に乗るまでの時間が四時間ほどで、その一時間後には産まれていると言うスピード出産だった。

 もっとも、初体験だった私には、これがスムーズなのか、スピーディーなのか、そんな事は分からなかったが……


 生まれてきた赤ちゃんは女の子だった。

 初産でこんなにスムーズなのは珍しいと、助産師さんも、お医者さんも驚いていた。

 沖縄へ引っ越してきてからも、欠かさずにトレーニングをしていた事が結果的には、良かったのかもしれない。


 海音は出産に立ち会ってくれた。

 家で陣痛に耐えている時も、病院へ来てからも、ずっと海音は寄り添ってくれた。 

 額に皺を寄せて必死の形相だった海音は、助産師さんに産むのは奥様のほうですから、と窘められる事もあったそうだ。


 無事に赤ちゃんが生まれた瞬間、海音は、ヘラヘラと笑ってその場にへたれ込んだらしい。いつも冷静で、慌てている姿なんて見せた事のない海音が、我を忘れてドタバタしていたと言うのだから、相当大きな出来事だったのだろう。


 産まれてきた子を初めて抱いた海音の顔を、私は一生忘れる事はないと思う。

 目を細めて、何度も何度も頷き、我が子の顔を覗きこんだ海音、目尻に涙を滲ませた表情は、彼氏でも夫でもなく、すっかり父親の顔に変わっていた。

 海音の涙は、私の涙を誘い、生まれたばかりの我が子と揃って、三人で泣いた。

 そんな私達を見つめていた、富江さんも涙を流し、そして笑った。


 海音は、この子に、真琴まことと言う名前を授けた。

 女の子だったから、真琴、男の子だったら、漢字一字で、真、だったそうだ。

 とても良い名前だと思う。


 偶然、この日は、「かじまやー」、というお祝いの日だった。

 かじまやーとは、九十七歳のお祝いをする日だそうで、沖縄では集落の行事になっている。

 隣に住んでいるヨネさんが、丁度この歳だったようで、お祝いをする為に、近所の人たちは準備に追われていた。


 聞いたところによると、沖縄の言葉で、「風車」、を表す、「かじまやー」は、長寿になって子どもに返る、と言う意味合いがあるそうだ。

 詳しい事は分からないが、隣のヨネさんが子どもに帰る日に、真琴は生まれた。

 なんだか不思議な縁を感じる。


 近所では、風車と花で飾られた軽トラックの荷台にヨネさんが乗り、集落をパレードしたそうだ。明るくて、人気者のヨネさんは、ずっと上機嫌で、ご近所の人達に笑顔を振り撒いていたそうだ。

 もっとも、私はそれどころではなかったので、全部、後で聞いた話だが……

 パレードをしているヨネさんの姿を見られなかったのは、少し心残りではある。


 翌日、富江さんが、で貰った風車を病院に持ってきてくれた。

 その風車は、私のベッドの横に飾られていて、風を吹きかけるとクルクルと回り出す。赤や青や黄色の羽がクルクルと回る様子が、とても可愛らしくて、出産で疲れている私を癒してくれた。


 生まれてから三日目になると、真琴は私と同じ部屋で過ごすようになった。

 私のベッドのすぐ傍で眠っている真琴、その姿を見る度に、母親になった事を実感する。

 風車は真琴のベッドの柵に取り付けてあげた。

 見えているのかどうかは分からないが、風車を回すと、真琴が笑っているように思える。

 

 退院するまでの間、海音は毎日、病院へやって来て、真琴を見つめていた。

 心で何かを話しかけているような海音の姿に、私は目を細める。


 親子三人、何もかもが幸せに感じられる秋だった。

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