父と母と姉とその夫と甥っ子

 真琴の誕生から二ヵ月が過ぎた頃、私の両親と、姉一家がやって来た。

 両親も妹も、こちらへ来るのはこれが初めてだ。だから当然の事ながら海音と会うのも、真琴と会うのもこれが初めてという事になる。


 娘の夫になる人がどんな男か見極めたい……

 普通の親は、そういう心境になるのではないか、と私は思っていたのだが、そういう欲求は、どうやら私の両親には無かったようだ。


 私が沖縄へ移り住むと決めた事も、海音と籍を入れた事も、どちらも事後承諾だった。だからかもしれないが、父も母も、「おめでとう」、とごくシンプルなお祝いの言葉を掛けてくれただけで、細かい事は何も言わなかった。

 姉に至っては、私が沖縄に住むというのは旅行へ行く良い口実になる、と喜ぶばかりで、海音がどんな人物なのかは気にしていないようだった。

 

 両親にしてみたら、長女と三女が幸せな家庭を築き、三人の孫に囲まれて豊かな老後生活を送っている訳だから、真ん中の娘がちょっと変わった人生を歩んでいても、さほど気にならないのかもしれないし、孫にしたって四人目ともなると関心は薄れ、生まれたところで、一刻も早く会いに行こう、などという昂ぶりはないのかもしれない。


 いずれにしても私の想像だから、実際のところ、両親や、姉や、今回は来ていない妹が、私と海音の事をどう思っているのか、それはよく分からない。


 もしかすると、私が送った写真を見て、海音の人間性を感じ取ったのかもしれないし、海音の隣で、普段はしかめっ面の私が緩みきっているものだから、安心したのかもしれない。これも想像の範囲だが……


 父と母と姉、それに姉の夫と子供二人が乗ったレンタカーのミニバンがやって来たのは、午後の三時を過ぎた頃だった。

 ゲストハウスへの入口が分からなくて迷っている、という連絡があったので、私と海音は庭先で到着を待っていた。

 生憎、富江さんはご近所の集まりで、旅行へ出かけており留守だ。

 「くれぐれも、お父様とお母様によろしくね」

 そう言って富江さんは今朝、二泊三日の旅行へ出かけて行った。行き先は東京で、今回の目玉は歌舞伎鑑賞だそうだ。タイミングが良いのか悪いのか、完全に入れ違いになっている。


 運転していた姉の夫、正人さんが後部座席の扉を自動スイッチで開けると、勢い良く子供が二人、飛び出してきた。

 長男は太翔たいと、小学校三年生で、

 次男は陽翔はると、小学校一年生だ。

 縦に読むと、太陽、になる。正人さんがこだわって名付けたそうだ。これもキラキラネームと言うのだろうか?


 ゲストハウスの庭に駆け込んで行った甥っ子二人は、美ら海水族館で買ってもらったジンベイザメのぬいぐるみを振り回し、チャンバラを始める。

 私と海音が、両親と姉夫婦に挨拶をしている事などそっちのけで、二人は芝生の庭を駆けずり回る。その動きがあまりにも激しいものだから、気になって仕方が無い。


 そのうち、兄の太翔が庭のハンモックを見つけ、それに乗ると弟の陽翔も真似をする。必然的に場所の奪い合いが始まり、陽翔がハンモックから落ちて泣きわめく。

 こうなると挨拶どころではなくなり、両親も姉夫婦も、子供達を放っておく訳にいかなくなり、大した会話など交わす事無く、家族の対面は終わった。


 暦は十二月、閑散期に入っている事もありゲストハウスのお客さんは、一人旅をしている男子大学生一人だけだった。

 だからゲストハウスの部屋は空いていたのだが、色々と迷惑を掛けるかもしれないから、と言う事で両親たちは、本部もとぶにあるリゾートホテルを予約していた。


 かなりの高級リゾートホテルで、温水プールがあるらしい。子供達をプールで遊ばせておけば落ち着けるから、という事で、私と海音、それに真琴は、明日、ホテルへ遊びに行き、そこでゆっくり食事でもしようという事になった。


 結局、この日は簡単な挨拶だけで、両親と姉一家は帰っていった。

 太翔に泣かされた陽翔が、すっかり機嫌を損ねてしまい、落ち着いていられる状況ではなくなったからだ。


 客人が帰ると、ゲストハウスには、また元の静けさが戻る。

 激しい嵐が突然現れ、そしてあっと言う間に去って行った。

 庭で暴れまわっていた甥っ子二人の残像が、脳裏に浮かんできた。

 男の子兄弟ってあんなに賑やかなものかな、とか、真琴は女の子で良かったな、とか……


 真琴にも弟や妹が出来たら、寂しい思いをせずに済むのかな、と言う思いが浮かびかけたが、それは海音亡き後の事を考えているのでは? と気付き、慌てて余計な想像を振り払った。

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