私達を守るもの

 「海音の具合はどう? 変わらない?」


 「うん、大丈夫みたい」


 「それは良かった、汐里ちゃんのお陰かな。海音、沖縄に帰ってきて本当に良かったなーって思うよ、東京に居た頃の海音、苦しそうだったもん」


 「浩二くんは、東京に居た頃の海音、知っているの?」


 「知ってるって程じゃないけどさー、僕も大学は東京だから」


 浩二くんの顔が少し強張っているように見えた。

 私と出会う前の海音が、どんなだったのか知りたくて聞いてみると、浩二くんは訥々と語り始めた。


 浩二くんが海音と再会したのは、学生時代らしい。

 東京の大学に進学した浩二くんは、都会の勝手が良く分からなかったから、幼馴染の海音を頼りにして、真っ先に会いに行ったそうだ。


 中学を卒業してたった三年、それなのに大学生になった海音は、夕日を追いかけて遊びまわっていたあの頃の面影がすっかり失せ、完全に都会の雰囲気に染まっていたらしい。言葉遣いもそうだし、服装とか、考え方とか、何から何まで都会の人になっていた。


 それでも性格は優しい海音のままだったから、都会生活に不慣れな浩二くんは色々とアドバイスをして貰ったそうだ。

 

 「優しかった海音が変わっちゃったなーって思ったのは、就職活動を始めた頃だったかな…… なんかいつもイラついているような感じでさ。僕の頭の回転が鈍いから、って言うのもあったのかもしれないけど、段々言い方がキツくなっていくんだ。そのうち、上から物を言うようになって…… 『浩二、そんなんじゃ都会でやってけねーぞ!』って怒りだしちゃって」


 海音の激しさは就職するとさらに加速し、子供の頃から仲良しだった浩二くんが、もう会いたくない、と思う程だったそうだ。

 

 「僕もさー、向うのホテルに就職して色々とあったからね。周りがみんな凄いスピードで駆け抜けていくから、それに遅れないようにって必死にもがいて…… そんな生活をしているとさ、自分が何者なのか分からなくなっちゃってね。海音はさ、負けず嫌いだから、先頭を突っ走ってないと不安になるんだろうね。それで頑張り過ぎちゃったんじゃないかな……」


 向うで最後に海音に会ったのは、浩二くんが沖縄へ帰る事を告げに行った時だそうだ。東京での暮らしが合わなくて、沖縄へ戻る、と言った時、海音は冷ややかに笑って、「お前は逃げて帰るんだぞ!」って、蔑むような目で睨んだと言う。


 「あの時は、もう昔の海音は居ないんだ、って思ったよ。都会の暮らしで、身も心も変わっちゃったんだなーって。いつまでも親友だと思っていたから、本当に悲しかったな。もう二度と会う事はないんだろうなって……」

 浩二くんは、沈んだ顔で、唇を噛み締めながら俯いて話した。


 今の海音からは、とても想像出来ない話だった。

 私はショックを受けた。

 でもそんな出来事を目の当りにしてきた浩二くんの事を思うと、さらに心が痛む。


 私は空いていた浩二くんのグラスに、サンピン茶を注いだ。

 すると、それをぐいっと飲んだ浩二くんは、視線を宙に漂わせ、俄かに明るい表情を取り戻す。


 「だからさ、うちのおかあの居酒屋でアルバイトを始めたって連絡が来た時、ビックリしたんだ。最後に別れた日から音沙汰無かったからね。それで謝って来たんだよ、海音が。あの時は酷い事を言って申し訳なかったって、涙声だったなぁ。病気の事とか、今の生活とか、全部話してくれてね。病気の事はショックだったけどさ、昔の海音が戻って来た、って思ったら、妙に嬉しくてさ……」


 浩二くんは、庭の景色をぼんやりと眺め、目を細めていく。

 そんな浩二くんの穏やかな顔が、私の心を落ち着かせてくれた。


 「汐里ちゃん、ここで仕事してるの?」

 部屋の中に置いてあるノートパソコンに視線を移した浩二くんが言った。


 「そうだよ、あっちに居た頃と同じ仕事をしてるんだ。量はだいぶ減ったけどね」


 「凄いね、汐里ちゃんって、やっぱり洗練されている感じがするなぁー、それに、ちゅらかーぎーだし……」


 洗練されてなんかいない、私だって向うの生活に溺れまいと必死にもがいていたんだから……

 そんな思いが滲み出てきた。


 だけどそれを今、口にしたら、何かが溢れ出てしまいそうな気がしたからゴクリと飲み込んだ。


 「ちゅらかーぎー? でも、だいぶ日に焼けて馴染んできたでしょ」

 「うん、そう言われれば確かにね……」


 浩二くんはグラスに残っていたサンピン茶を飲み干し、そろそろ帰ろうかな、と言って立ち上がった。


 「もう少ししたら、海音、帰って来ると思うけど……」

 私は、なんだか三人でお話がしたい気がして、引き止めようとしたのだが、浩二くんは、また来るよ、と言って縁側から立ち上がった。

 

 「あ、そうだ、台風が来るからさ、早めに備えたほうが良いよ」

 浩二くんは、そう言い残して、裏口から出て行った。


 私がこっちへ来てから、これまでに何度か台風に見舞われた。

 この辺りは海に近く、台風の通り道になる事も多いようなのだが、被害はさほど大きくなかった。

 それはフクギがこのあたりの集落を守ってくれているからだそうだ。

 

 屋敷を掘り下げ、屋根を低くして、フクギの中に佇む民家。

 そうやってフクギに守られてこの集落の人達は生活している。

 だけど私達は、フクギだけではなく、もっと色んなものに守られている気がする。

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