変わらない景色

 「ハイサーイ!」


 本格的な暑さが訪れるようになった六月半ば、浩二くんが、ふらりとやって来た。

 麦わら帽子に、かりゆし、短パン、島ぞうり、と言ういつもの出で立ちで、いつものように裏庭から入ってくる。


 「海音は、今日もお出掛け?」


 「はい、お客さんを古宇利島のほうまで」


 「そんなところまで行くんだー?」


 「バンチャーター1日ツアーって言うのを始めたんですよ。お客さんの行きたいところへ車でご案内するって言うツアーで、もちろん宿泊とは別料金なんですけど、これが好評みたいで……」


 「どうせまた、海音目当ての綺麗なネエネエが来てるんでしょー」

 浩二くんはニヤニヤしながら言った。


 「まぁそんな感じですね」


 「海音は、おとうになってもモテモテだね、あっこれ、モズク、今朝獲れたやつ。今年はこれで終わりかもよ……」

 そう言うと、浩二くんはどっぷりと膨らんだビニール袋を差し出してきた。

 袋の中を覗き込んでみると、中にはどっさりとモズクが入っている。


 浩二くんは、うちに来る時、こうやって色々と持って来てくれる。

 それは野菜だったり、魚だったり、海草だったり……


 「いつも、ありが・・・ じゃなくて、にふぇーでーびる!」


 「いいって無理して、うちなーぐち使わなくても。僕だってあんまり使わないよ、ホテルマンだからね」

 

 浩二くんのお勤め先は名護にあるホテルだ。 

 備瀬に生まれ、備瀬で育った浩二くんは、海音の幼馴染で、中学までは同じ学校に通っていた。


 その後、海音は東京の高校へ進学し、離れ離れになってしまう。

 浩二くんには五つ年上のお姉さんが居て、そのお姉さんも高校卒業と同時に東京へ行ってしまった。


 浩二くんの家は当時、備瀬のフクギに囲まれた小さな食堂を営んでいた。

 沖縄そばが人気で、いつも地元の人や観光客で賑わっていたそうだ。


 ところが浩二くんが、高校生の頃、お父さんが重い病を患ってしまう。

 珍しい病気だったそうで沖縄では対応出来る病院がなかったらしい。


 そこで東京の病院へ行く事になった。

 東京で看護師になったお姉さんの勤め先が、運よくその病気に対応出来る病院だったから、そこへ入院したのだ。


 そして浩二くんも高校を卒業すると、東京の大学へ進学する事になり、それならば…… と言う事でお母さんも一緒に引っ越した。


 お母さんは川崎にあった居酒屋で働いた。

 何年か働くと、その腕が確かな事、それに明るい雰囲気がお店にぴったりと言うことで、オーナーから店を任される事になる。海音がバイトしていたのは、その居酒屋だ。


 お父さんの病状は入院と退院を繰り返しながら、少しづつ衰えているらしい。完治を望むのは難しい状態だそうで、近頃は意識も殆ど戻らなくなってしまったそうだ。


 決して望んでいた形ではないのだろうが、備瀬から引っ越した浩二くんの四人家族は、東京で再集結し一緒に暮らしていた。


 ところが、東京の大学を卒業し、都内のホテルに就職した浩二くんは、都会の水が合わなかったのか、家族と別れて、生まれ育った備瀬に戻ってきてしまう。

 家族四人で暮らした時間は、あまり長く続かなかった。

 

 それで再就職したのが、今勤めている名護のホテルと言う訳だ。

 

 「それじゃ、海音によろしくね」 

 そう言って浩二くんが裏口から帰ろうとする。


 「ねぇ、冷たいもの入れるから、ひと息ついて行ったら…… 海音も帰ってくるかもしれないし」

 私がそう言うと、浩二くんは少し嬉しそうに戻ってきた。


 透明のグラスに、冷えたサンピン茶を注ぎ、縁側に腰掛けている浩二くんに手渡すと、ニコリと笑って庭を見回し始めた。


 「なんだか、懐かしいなぁ。ここ、全然変わってないんだもん。この庭で海音とサッカーボールを蹴ったり、キャッチボールしたり…… お腹が空くと、縁側に座って、おばちゃん手作りのサーターアンダギー食べて、冷たいサンピン茶飲んで…… ここは、ずっとあの頃のまんまなんだよなぁー」


 「浩二くんは海音と仲良しだったんだね」


 「まぁね、あの頃はさー、お互いここで大人になっていくんだろうなーって思っていたんだ。それがさー、海音のおとうが死んで、海音は東京へ出て行っちゃって、うちのおとうが病気になっちゃってさ…… 備瀬の景色は変わらないのに、人間は色々と変わっちゃって……」


 薄っすらと笑みを浮かべる浩二くんの顔が、少し寂しそうに見えた。

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