第3話

アイツらは、あのゲームセンターにいるだろう。



10日・・9・・8・・7・・



自分の心の中のカウントダウンが始まった。



2・・1日・・



今週の日曜日の練習が最後・・・そう考えていた。怖くないといえば嘘になる。しかし、ただ一つ違うのは、私の両拳は1年前の震えていた拳ではない。アイツらの鼻っ柱を破壊するには十分過ぎるほどの力を持っている。



殊更に実戦を想定して、トレーナーのミット、サンドバッグに拳を叩き込んだ。練習が終わり、更衣室で着替えていた私。



「絶坊主。」



トレーナーだった。



トレーナーには本当に感謝している。不純な動機でボクシングを始めた私に、自分の休みを削ってでも練習に付き合ってくれた。お陰で私は勇気と自信を身に付ける事ができた。約1年間を通して、トレーナーとの信頼関係もできていた。



だからこそ、そのトレーナーに教えてもらったボクシング技術を復讐という名の暴力に使う事に罪悪感があった。



「絶坊主、お前、まだ、復讐する事考えてるのか?」



トレーナーは、ずっと覚えて気になっていたのだろう。まるで、私の気持ちを見透かされているようでドキッとした。



「はい・・・」



純粋だった私は、嘘をつけなかった・・・



いや、トレーナーとの信頼関係がそうさせたのかもしれない。



「絶坊主、お前もわかってると思うけど、今のお前の拳で人を殴ると、もう凶器になる。わかるな?」



「はい・・・」



「絶坊主、お前、プロになれ!」



「え・・・?」



「お前、プロになれ!!」



トレーナーは語気を強め私に言った。心にズシンときた。



親以外の大人に、真剣に言われた言葉。



「お前のファイトスタイルは、プロ向きだ!アマチュアじゃなく、プロに行け!」



トレーナーの言葉は、私の心に響きすぎるくらい響いた。私は、何故だか涙が出そうになった。



1年間、アイツらに復讐するためとはいえ一生懸命頑張ってきた。トレーナーにプロ向きだと言われるくらいの魂を認めてもらえた事、技術を身に付けられた事。あのテレビの中の、チャンピオンと同じプロボクサーに向いていると言われた事。



全てが報われたような充実感に溢れていた。



私はアイツらに復讐する事がちっぽけに思えた。今、考えると、これが本当の指導、教育なんだと思う。一旦、私の不純な動機を受け止め、キチンと正しい道へと修正してくれたトレーナー。



その後、紆余曲折ありつつも、プロになり自分なりにやりきった。若かった私は、このトレーナーの名前を覚えていない。何十年という時が過ぎ、あの頃のお礼を言えない事が悔やまれる。



話を本題に・・・



周りの店員、客も、薄々違和感に気付いているのか、チラチラその集団を見ていた。座らされている学生たちが、どんなに恐怖にうち震えている事か・・・







あの頃の自分を助けなきゃ・・・







「おい!君ら何してんの?」



我が子を抱っこしながら、私はその集団に割って入った。



「え?コイツらが文句ある言うから、やんのかって言うてただけやん!」



アタマらしき奴が私に言った。おそらくといか、確実に嘘だろう。私は、あの頃の自分を思い出し、コイツらにムカムカしてきた。



しかし、一応、コイツらに分からせる為に座っている学生に聞いてみた。



「君らホンマにそうなんか?」



「そんな事ないです!この人達が、僕達に絡んできたんです!」



マジメそうな学生は、必死で私に訴えてきた。



大丈夫!助けて上げるからな・・・



「な、この子ら文句なんか言うてないて言うてるやんか。わかった、この子らの代わりにワシが代わりにケンカすんねやったら買うたるわ。」



私はアタマらしき奴を見据えて言った。



「おいっ!なんか面倒くせーから行こうぜ!」



不良達は下の階に降りて行った。私は、恐怖で顔を引きつらせている学生に言った。



「君ら、今日はもう帰った方がいいな。アイツら下で待ち構えてるかもしれんから、ついて行ったげるから。」



「ありがとうございます!」



ああいう輩は、しつこく絡んでくる。きっと、私がいなくなると、また、狙ってくるだろう。



ここのショッピングモールには、1階にファーストフードコートがあり、イートインのところがガラス張りになっている。だから、奴らはそこで、この子たちが出てくるのを待ち構えている事だろう。



その子たちと1階に降りて、表に出た。ガラス張りのイートインコーナーを見た。思った通り、奴らはこちらを見ていた。



「君ら暫くここには来ない方がいいな。気をつけてな!」



私は、その子たちの肩をポンポンと叩きながら言った。



「ありがとうございます!!」



私は軽く手を上げて、その子たちと別れた。その一部始終を息子は私の腕の中で見ていた。その後、息子が弱いものいじめを嫌う性格になった原点になっているのかもしれない。



タイムスリップして、あの頃の自分を助けられたような錯覚を覚えた。



だが、私にはまだやる事があった。



私は息子を抱っこしたまま、不良たちの集団に向かった。



「おい!君らな、明らかに自分らより弱い人間にいくなよ。いくんやったら強そうな奴にいけよ。」



私は先ほどの威圧するような物言いではなく、諭すような優しい口調で彼らに言った。すると、アタマらしき奴が、いたずらっ子のような無邪気な顔をして言った。



「おじさんみたいな?」



「え・・・お、おとなをおだてるんやないで!」



強そうな人間に思われて、まんざらでもなかった私。こんな風に話してみると、やっぱり子供なんだなと思う。だけど群衆心理というやつは、時に人間を凶暴に走らせてしまう。よく見ると、一人一人まだ幼さが残っていた。



買い物が終わり、妻と合流。事の顛末を妻に説明した。



「アンタ、やめてよ!子供抱いてんやで!今の子、ナイフ持ってるかもしれへんのやで!刺されたらどーするん!やるんやったら一人の時にしてや!」



思いの外、怒られてしまった・・・



でも、確かに妻の言う通りかもしれない。少し反省した私・・・と、思いきや。



変に正義感魂に火の着いた私。



ショッピングモールを出て、商店街を妻と息子と3人で歩いていた。前からチャラそうな三人組が歩いてきた。



手元を見ると、火の着いたタバコを手に大手を振って歩いていた。話に夢中になっているのか、私たちとスレ違う時も火の着いたタバコを手に大手を振っていた。



ムカっときた私。



「おいっ!考えろやっ!」



巻き舌の大声でそいつに言った。



「は、はいっ!す、すいませんっ!」



その若者は直立不動になり、私に謝った。また、歩き出した私たち。



すると、妻が一言。



「お前は大岡越前かっ!」



ナイス突っ込み!



ごもっとも。(笑)

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あの頃の自分・・・ 絶坊主 @zetubouzu

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