第2話

忘れもしない、中2の正月明け。


私が住んでいた所はすんごい田舎で、お店なんかもそんなになかった。お年玉をもらい、懐が暖かかった私は同級生二人と3歳離れた弟と4人で少し離れた町に遊びに行く事にした。


バスに乗り町に行ったら何しようかと楽しく話し合っていた。楽しい休日になると信じて疑わなかった。あの出来事が起こるまでは・・・


町に着き大きなデパートに行った。


「ゲームセンターに行こう!」


誰が言い出したか忘れたけれど、皆、異論はなかった。ゲームセンターのあるフロアーまでエスカレーターで上がっていく。


テンションが上がりきった弟は、エスカレーターのスピードが待ちきれず走って駆け上がる。私たちはエスカレーターのスピードに抗わずフロアーに着いた。


エスカレーターを降りると、すぐにゲームセンターはあった。弟は先に走ってゲームセンターの中に入っていった。


私たちもフロアーに着き、喋りながら両替する為、財布から金を出そうとした時。


弟が走ってこちらに向かってきた。


「兄ちゃん!奥に不良がいっぱいおるよ!」


弟が、でっかい声でそう言いながら。


私たちの視界に入った光景。奥の方で、高校生くらいの不良たちが8人ほどタバコを吸いながらたむろっていた。弟のデカい声に反応して、その不良たちはこちらを見た。


「なんじゃ、コラっ!」


猛獣が獲物を見つけたような目に変わった。


「おいっ!逃げるぞ!」


私たちは、さっき乗っていたエスカレーターを逆方向に走った。


一刻も早く逃げなければ・・・


さっきまでのエスカレーターのスピードが恨めしく思えた。


「待て、コラーーっ!!」


不良の奴らが追いかけてくる。私たちはデパートを出て、商店街を走った。


「兄ちゃん、待ってっーー!」


弟の声。弟は小学5年生。


いくら全速力で走っても、追いつかれるのは時間の問題。


後ろを振り返る。


奴らが弟に追いつきそうだった。


ダメか・・・


私は走るのを諦めた。


「おいっ、コラっ!お前ら何か文句あるんかっ!」


「いや、別にないです・・・」


「お前ら、ちょっと来いっ!」


私たちは近くの公園に連れて行かれた。心臓がバクバクして、口の中には変な唾がとめどもなく出てきた。頭もグワングワン回り、気分が悪くて仕方なかった。


私たちは奴らに取り囲まれた。不良の1人が私の胸ぐらを掴んだ。


「おい、お前ら金出せやっ!」


そいつは私に顔を近付けて言った。もう怖くて怖くて仕方なかった。弟が泣き出し、私の友達二人も泣き出した。私は泣かない事くらいしか抵抗できなかった。結局、金を素直に出した私たちは殴られる事はなかった。


体は傷つけられなかった。


しかし、もっと大きなモノを傷つけられた事にこの時は気付いてなかった・・・


少し前までバスの中ではしゃいでいた私たち。


今日は楽しい休日になる!


そう信じて疑わなかったのに・・・


まさか、私の人生を揺るがすほどの屈辱を受ける日になるとは・・・


バス代以外の金を取られた私たち。もう楽しく遊ぶ気分にはなれなかった私たちはバスで帰った。最初のはしゃぎようがウソのように皆一言も言葉を発せずにいた。


家に帰ってから恐怖感は消え去った。その代わり、コンコンと湧き上がってくる屈辱感。男として何もできなかった不甲斐なさ。


私は格闘技に興味がなかったわけではない。むしろ、興味があった。


ジャッキー・チェンの映画に影響され、中国拳法の本を自分で買った。一つ下の後輩と、見よう見まねで型を覚えた。


後輩からは、「師匠!師匠!」と呼ばれていた。


そんなのクソの役にも立たなかった・・・


そんな屈辱感にまみれていた私。夕食の時に見ていたテレビに釘付けになった。


テレビの中の日本人ボクサーが、外国人の挑戦者のパンチを紙一重でかわし、鮮やかにKOしていた。その当時のバンタム級世界チャンピオン渡辺二郎さんだった。


私の中で稲妻が走るほどの衝撃だった。


「これだ!!」


早速、次の日にボクシングジムに入門した。


「君はなんでボクシングやりたいの?」


「不良たちにカツアゲされて、悔しくて、仕返ししたくてボクシングをやりたいんです。」


私は、正直に包み隠さず話した。トレーナーは、じっと私の目をみていた。


「よし!わかった!強くなるために頑張ろう!」


そのトレーナーは、そんな不純な動機の私を受け入れてくれた。私の住んでいる田舎町にボクシングジムはなかった。だから、少し離れた町にバスに乗って行かなければならなかった。


その関係で通えるのは日曜日しかなかった。しかし、ジムは日曜日休み。


そのトレーナーは私の熱意に応えてくれたのか、私の為だけに日曜日練習を見てくれた。


そんな事も嬉しかった。


その日から、週に1度だけジムに通う日々。


アイツらに復讐する事だけを考えて・・・


練習に行けない平日は、トレーナーから教えてもらった事を繰り返し繰り返し自宅で練習した。サンドバッグを打ち込む音も、最初はペチペチとした音しか出なかった。


だけど、たいしたもので1年近くなると打ち込む音が変わった。


アイツらに囲まれて、震えていた自分。


激しく揺れるサンドバッグを見て、自分の中に確固たる自信が生まれていた。


もう、いける!


私は実行に移す日が、とうとうやってきたと胸が高鳴った。

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