忙しさの隙間

晴曇空

#01

「あーーっ!! ちょ、ちょっと!! 乗りまーす!!」

 そう叫びながら、発車直前の終電に何とか乗り込む。あのクソ上司め、こんな時間になるぐらいまでの仕事を押し付けて、自分はのうのうと定時で帰りやがって。許されない。地獄に落ちろ。

 そんな上司を恨みつつ、空いてる席にどかっと座る。時間が時間だからか、この他の人は居ない。

 息を整えながら、明かりも消えた真っ暗な車窓を、ぼーっと眺める。繁忙期なのも相まって、最近夕方っていう夕方に帰れてない気がする。こんな生活さっさとやめてしまいたいけれど、同居人がいる手前、簡単にやめることはできない。いや、多分向こうは、他人事のように「えっ?! それじゃあ一緒にいれるの?!」って喜ぶんだろうけど。

 はぁ、と溜息を吐いて、スマホのロックを解除して、溜まってるメッセージを一通り返していく。とりあえず同居人の返信は後回し、と。

 高校の時に仲良かった同級生の友達が、来月結婚するらしい。マジか。もうそんな時期か。でもまあ、クラスの中心によくいて、しょっちゅう告白もされていたような子だから、不思議じゃない。大学の時に出会った人と結婚するそうで、「おめでとう」と返信をする。結婚式、有休が取れたら行きたいんだけどなぁ。取れるかなぁ……。

 その他ネットニュースや、ブランドの公式アカウントからのメッセージ。ちょこちょこ欲しいもののセール情報とか載ってるけど、買えるかどうか微妙。最近不景気で、こちとら安月給だからな。ボーナスによる。けどその頃にはセールは終わってる。世は理不尽。

 年の瀬も近いっていうのに、なんでこんなこと考えなきゃなんないんだ。まったく。悪態をついて、後回しにしてた同居人のメッセージを開く。どわっとある未読のメッセージの量を見て、暇なんだろうな、羨ましいヤツめ、と画面を小突く。

 同居人はフリーターで、アパレルショップで働いている。だから、シフトが入ってない日なんかは、こんな感じでメッセージが多い。つまり今日は休みだったんだな、あいつ。羨ましいな本当。代わってほしい。でもお陰で、汚部屋にならなくて済んでるから、感謝はしてる。

 「今電車に乗った」と返信を送って、スマホの画面を消す。思い返せば、最近同居人ともあんまり喋れてない。「大丈夫だよ~」とは言ってくれるけど、流石に申し訳ないし、なんか喜びそうなことしてあげたいなあ、と思っちゃいるけど、何が良いかなぁ……。

 考えてみるけど、割と何でも喜ぶ人だから、逆にわからない。お揃いのアクセサリーとかでも良いけど、もうちょっと何かしてあげたい気もする。で、これで持ち越すから、なあなあになって終わってしまう。難しいね。

 最寄り駅に着いて、改札から出る。この時間、一人で歩くのは危ないし、何か起きたら嫌だから、さっさと帰ろうと思って、早足で家路を歩くと、不意に真後ろで「動くな」という低い声がして、びくっとする。けど、このすごい嗅ぎ覚えのある香りが鼻をくすぐった。

「何を馬鹿なことしてるの、れーちゃん」

 ふっ、と笑いながら振り返ると、街灯の明かりに照らされた、同居人の「れーちゃん」こと玲の、いたずらっ子みないな笑顔があった。

「へへー、やっぱりバレたか」

「そりゃそうでしょ。どれくらいの時間一緒にいると思ってるの」

「ま、それもそっか。今日も遅かったね」

「ほんと疲れちゃったよ。クソ上司がさー、定時間際にアホ程仕事回してきてさぁ……。しかも期限近いやつばっかで」

「大変だねぇ」

 他人事のように言う玲に、「フリーターには分かんないでしょうね」と悪態を吐く、いつも通りの帰り道。

「あ、そうそう。近いうち有休取ろうと思っててさ。なんかする?」

「えっ、ほんと?! 考えとく!!」

 暗いからあまり表情はわからないけど、多分目をキラッキラさせてるのは、容易に想像がつく。割と玲は純粋なヤツだ。

 そんな玲と他愛無い話をしながら、私たちの住むマンションに帰ってきた。

「ただいまー」

「ただいま」

 やっと我が家に帰ってきた、っていう安心感で、ソファに思いっきり倒れ込む。やっぱり我が家最高。ここ以上に天国な場所絶対ない。

「真綾、ご飯は?」

 冷蔵庫を開けながら、玲が聞いてくる。

「んー……。七時くらいにおにぎり一個食べたくらい」

「分かった。なんか軽く作るよ」

「んぁー……悪いね、いつも」

「良いよ別に。いつも頑張ってるの知ってるし」

「玲……」

 そんな台所で夜食を作ってくれる玲の姿を、ぼーっと寝っ転がりながら眺める。

「……ねえ玲」

「んー?」

「玲はさ、彼氏作ろうかな、とか思わないの」

 そう聞いた瞬間、玲がぴくりと一瞬動きを止めた。なんだ。いるのか。

「え、いるの? もしかして」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

「じゃあ何さ」

「そもそも彼氏欲しいな、って思ったことが無かったな、と思って」

「えっ」

 意外だった。そもそもそういう考えがなかったのか。れーちゃん。

「だって、結構男子と仲良かったじゃない。特に男子バレーの連中とか」

 女子バレー部のキャプテンだった玲は、いつでも男連中が良く付きまとってた。それこそ、さっき結婚するっていうメッセージが来てた友達も、もとはと言えば玲が紹介してくれたから、仲良くなったし、クラスの中心にいつもいる人だった。

 その割には、一度も彼氏がいるっていう話は聞いたことがなかった。噂話程度に、「男子バレーのキャプテンと付き合うんじゃないか」とか、「隣のクラスの誰々と付き合いそう」なんか話はあったけど、玲は全部一蹴してたし。

「だってそもそも、真綾がいる時点で彼氏なんていらなかったし」

「……そういう事を、さらっと言うのやめない?」

「えーどうしてさ」

「だって……普通に恥ずかしいもん……」

 クッションに顔を埋めると、「そういう可愛いところが見れるから言うんじゃん」とけたけた笑いながら、私の背中をたたいた。

「ほら真綾、ご飯できたよ」

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忙しさの隙間 晴曇空 @seikagezora

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