第62話  深夜、行き倒れと出会う

エトルーン市街、通称「飲み屋街」。

夕食と酒とアテを求めて人が行き交うその中で、1人不景気な顔をしている男が肩を落として座っていた。

昼間、マーケットで無双をしていた衣服職人にして、日間マーケット売り上げ上位を達成した期待の新人。

エグジムである。

昼の売り上げは相当なもの、夕食もたらふく食べた。

酒もそこそこ美味かった(エグジムは成人済み)。

しかし何故、こんなにもブルーなのか。

理由はこれである。


「まさか、全額俺にたかるなんて……」


商売現場を見られたのがまずかった。

売り上げを予測されてしまった。

その結果がコレである。

売上金は確かにある、が、しかし。その割には軽い。

こちらがヤケにならないギリギリラインで搾り取られた。

具体的にはそこそこプラス程度。

もっと具体的には売り上げの5割。

おかしい、かなりいい売り上げだった筈なのに、半分も一晩で消え果てるなんて。


「人の金だと思っていい酒ガバガバ飲みやがって……」


きっとあの母親は鬼か何かなのだろう。

何が親孝行だ。ろくに帰ってこない放浪者のくせに。

ミーファとレミもこれ幸いと食い溜めしていた。

なんでも傭兵にとって食い溜めは必須スキルだそうで。

あの細身の何処にステーキが何枚も収まったのか。さらに追加で甘味まで。不思議でならない。


「はぁ……まあ落ち込んでてもしょうがないか。半分は残ったんだ。それで良しとしよう。うん」


明日以降は奢らない。そう心に決めるのも忘れない。

だってこのお金は使い道があるのだから。


「一部は貯蓄として……そろそろいい布使ってみたかったんだよね。あとはスパイダー系上位の糸とか。王都につけば色々といい素材がある筈」


腕の上達のためには難しい複雑な衣装を作ることが欠かせない。自分にとって挑戦と言えるものであるほど、達成した時の経験値は素晴らしいものになる。

そしてそういった服を作るのには、どうせならしっかりとした、見合った素材を使用したいのが人情だ。

結果として街の仕立て屋では売り切れない高価な服が出来上がることなど、この時のエグジムは考えていない。


「さて、どういった服がいいかな……どうせなら薄くても丈夫で、サラサラな質感の布とか扱ってみたいよね……例えば教会のシスターが時々着てるみたいな……」


徹夜に挟まれ記憶が曖昧になってきてる成人式の様子を思い出し、そこで讃美歌を歌っていた集団の先頭に立っていたシスターの装いに思いを馳せる。ちなみにシスターの顔などは覚えていない。

美しい刺繍の記憶で顔など見えていなかった。


「きっと教会には腕のいい仕立て屋がいるんだろうな。いつか話してみたい。あんな綺麗な刺繍、どうやって入れてるのかって……そう、ちょうどあんな感じの刺繍を……ん?」


修道服に想いを馳せていたところ、ちょうど記憶にある修道服と似たような……でも明らかにこちらの方が豪華な刺繍を施されたものを視界の端に捉え、エグジムは半ば本能的にそちらへ視線を向けた。

それは商店のディスプレイではなく、こんな夜の街には似つかわしくない少女が纏っていた。

白の修道衣とベールの間から流れる金髪、小柄で華奢な体躯。

背丈はとても小さく、おそらくエグジムより歳下だろう。成人を迎えているとは思えない。

時間はミーファ、レミ、母が呑んで騒いで宿に帰った後なので……もう深夜に差し掛かるだろう。その上ここは飲み屋街だ。場所も時間も違和感だらけである。


「こんな時間にこんな所にシスター……??」


この街は治安が良いようだが、それでも安全とはとても言えない。現に少女の背後から2人の中年男性が忍び寄っていたので、かるく糸を足に引っ掛けて転ばせておく。そのまま糸を引っ張って裏路地に連れ込んでから手足を縛り、空の樽へと押し込めておけば安全だろう。

だいぶ糸の操作が上手くなってきたエグジムである。

あと痴漢反対。これ絶対。


「んー、2人はどうにかしたけど、これだとまた変なのが来そうだよなぁ」


座っていた場所から移動してからの路地裏。なかなか大柄だった男を詰めた樽に蓋をして、エグジムはちょっと考えた。

知らない他人だし、どうなっても変な話、エグジムには関係ない。

しかし放置したら後味の悪い気持ちは残るだろう。

かといって自分の宿に入れるのも、今度はエグジム自信が何もやましいことは無いにしろ犯罪者扱いを受けそうだ。

ならどうするか……。そう考え、とりあえず教会にでも届ければいいか……と結論したエグジムはまず声をかけよっと少女に近寄るが……。

あと少女まで数歩、といったところで突然彼女は崩れるようにして倒れてしまった。

これには驚くエグジム。

深夜徘徊するシスターを見つけたと思ったら暴漢に襲われそうになり、あげく行き倒れ。

情報量が多い。


「あ、あの、大丈夫ですか!?」


とっさに駆け寄り声をかけると、シスターはか細い声で一言。


「お、お腹すきました……」

「………………」


とりあえず、大事は無さそうだった。


「今の時間だとご飯と言ってもなぁ……」


時間は深夜、普通のご飯屋さんは開いてない。

開いてるといえば、一部の飲み屋くらいだが、このシスターを連れて行くのはモラル的にまずい気がする。

というか、幾つなのだろうかこのシスターは。

倒れているため横顔しか確認できないが、ベールから伸びるダメージひとつ見当たらない金髪と横顔は一目見ると忘れられないほどの美貌ではある。

美貌ではあるんだが……どうも幼い。

エグジム的には女性というより女の子。将来がとても楽しみだという感想くらいしか出てこない。

この子をナンパしようとした先ほどの男二人は、どういうつもりだったのだろうか。子供を攫って売り飛ばそうとした? それとも幼児性愛者か。何にせよ碌な奴ではない。

エグジムはそっと遠隔操作した糸により、彼等を詰め込んだ樽の蓋を幾重にも縫い重ねた。


「えぇと、君は幾つなのかな?」


もう考えても仕方ないのでダイレクトに聞くことにした。

女性の歳を聞くとは何とやらというが、その時はその時で怒られようという腹積り。


「……十歳になります」


完全にアウト。樽の梱包はさらに厳重にする。

夜中に行き倒れる十歳児、事件の匂いしかしない。

どうにか手を貸すか……? しかしここで関わればエグジムも何かしらの目にあう危険もある。

しかし関わらないのも、それはそれで……どうだろう。

腹を空かせた少女を見捨てるのか?

ふと通りの先へと目をやる。幸い一軒だけ店の明かりが灯っていた。

もう閉店間際だろうが、まだ余りの食べ物くらいはあるだろう。


「ちょっと待ってて」


倒れた少女をすぐ目につくところに座らせてから、急いで空いてる店に駆け込む。

数分後戻ってきたエグジムは、小ぶりなパンに具材を詰めたものを少女の手に握らせた。


「有り合わせの食材サンドイッチ、ほら食べなよ」


店主に無理言って作ってもらったサンドイッチ。

本当に有り合わせらしく、肉も野菜も不揃いばかり。しかし店主の腕がいいのかとても美味そうな香りを漂わせている。


「いいの、ですか?」

「君のために買ってきたんだ。遠慮なく食べなよ」

「……施しに感謝いたします」


シスターらしく祈る仕草をしたのちに、小さくサンドイッチに齧り付く少女。

さすが聖職者、所作が綺麗……と思ったのは最初だけ。

一口食べて目を見開いた少女は、その後無言でサンドイッチに集中していた。小さな一口を何度も何度も。まるでハムスターみたいな光景にエグジムの頬が緩んだ。


「……どうしたんです? 笑って」

「何でもない。ほら、しっかり噛んで食べなよ」


律儀に口の中のものを飲み込んでから話す少女。そんな彼女を見守りつつ、水の入った筒を差し出した。


(さて、この後どうしようかな)


通常、聖職者というのは日の出とともに起き、日の入りと共に寝るなどと言われるほどの早寝早起きだ。

この時間に彷徨いてるのは普通、考え辛い。

特に幼いシスターともなると異常事態とも言える。

更に彼女が着ている修道服。明らかに年相応の見習いが着る服ではない。幼い彼女は確実に教会の上の方にいる人物だろうと予想できる。

で、あるならばこの状況は……明らかにトラブルだろう。

それも一等面倒な。


(普通に考えて、教会に送っていくだけど……そうしても良いものかどうか)


懸命に食べてるのにまだサンドイッチの半分にも到達していない少女を見守りつつ、考える。


(送っていったらトラブルは回避できる。でもなぁ……もし教会でなんかあって家出してきたとかなら……教会に連れていくのはかえって藪蛇? なんかそんな本読んだぞ)


昔ミリリに貸してもらった本にそんなものがあった。

確か娯楽小説だったが……そこでは貴族の不正を知った使用人が屋敷を逃げ出したはいいが、行き倒れだところを善意の第三者に保護されて貴族の屋敷に届けられ……その第三者ごと口封じのために殺されそうになる。って内容だった気がする。

なんだろう、どうしてもその小説の内容がかぶる。


(まさかなぁ……そんな小説じゃあるまいし。やっぱ送ってくのが正解だよな)


頭では分かってるが、なかなか決断できずに食事する少女を見守るエグジム。

そんな彼の判断の遅さが、事態をまた進ませた。


「失礼、貴方……聖女様に何をしているのです」

「えっ?」


突然の誰何に驚き顔を上げると、そこには夜の中にあってもなお美しい男性が、無表情にエグジムを見下ろしていた。

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