第61話 とある男爵の覚悟
サーナと名乗る少女に連れられるまま歩くことしばらく。
出がけに食べた魚がちょうど消化終了したくらいの頃合いで、大きな洞窟の前に辿り着いた。
入り口にはサーナと同じく緑の肌をした美人が2人、こちらに粗末な槍を向けている。
ふと思い出す自分の(自称)婚約者。逃げた以上関係ないが、もう少しこう、発育が良ければ逃げるのも考えたかもしれない……。
「ちょっと待ってて」
ぼーっと彼女らを、特にごく一部に視線を奪われながら考えている間にサーナは2人の方に走っていき、短く言葉を交わして戻ってきた。
「もう通れる。行こう」
「おう」
慌てて邪な考えを振り払い、軽く取り繕うようにダニエルはそう短く返すと、大荷物を背負い直して後に続く。
洞窟に入る時、見張の2人が自分と荷物を交互に見て目を丸くしていた気がしたが、多分気のせいだろう。
というか、洞窟の入り口がちょっと狭い。荷物がギリギリだ。
それに所々、不穏なものが落ちている。
薄汚れた鎧、錆びついた剣、そしてそれを握る腕。
漂う匂いは入浴なぞしてない、山賊の館のような体臭や閉鎖空間ゆえのカビ臭さ、そして死臭。
サーナの後を追いながら視線を落ちている腕に向けると、それはもう既に半分ほど腐敗していながらも剣を強く握っていた。まるで腐りながらも戦っていたみたいに。
どうやら、サーナのいう主とやらは、大変な戦いをしているらしい。そうダニエルは直感した。
その直感はすぐ確信に変わることとなる。
サーナが進む先、灯りのまばらな洞窟に1人の姿が見えた。
微動だにせず、剣を抱えるようにして片膝立ちし、洞窟の入り口を見据える男。あまりに不動なため、ダニエルは最初銅像か何かと思ったほど。
しかしサーナが。
「あ! ダクト!! 起きたんだ!!」
と声をあげて嬉しそうに駆け寄ったことで、それが生きている人物であると分かった。
「ふぅ、あれが主さんとやらかな? 風格すごいな……」
きっと仲間を守っていたのだろう。サーナの言だけでどのような立場の人かは知らないが、自身も矢面に立とうとする気概は嫌いではない。
と、少し好感を抱いた時だった。
目の前のダクトと呼ばれる人物が動いたのは。
これでもダニエルは勇者である。
不本意ながら、気が進まないながらも勇者である。
それ相応の実力は持っており、また勇者として認定された日から不思議な力が漲っており例えゴールドの傭兵相手だろうと遅れは取らない能力は持っている。
そんなダニエルからすると、特段早いわけでも力強い訳でもない踏み込みからの斬り下ろし。
しかしその刃に乗っている覚悟、殺意が尋常ではなかった。
思わず必死に後方へと飛んでしまうほどに。
まるで空気そのものを切り裂くような斬撃と、地面を踏み抜かんとする気合い。かなり余裕を持って避けたダニエルだが、感覚としては紙一重で命を拾ったようなもの。
首筋にツーと冷や汗が伝う。
「ダクト!?」
展開についていけてなかったのだろう、一瞬呆けた様子のサーナから叫びが上がる。しかしその人物は唐竹に剣を振り下ろしたまま微動だにしない。
「おい、アンタどういうつもりだ。俺はそっちの人に請われて食料を持ってきてやったんだが?」
微動だにしない。
「おい! なんか言ったらどうだ!? せっかく調達してきた礼がこれか?」
「ダクト! その人敵違う!」
サーナも加わるが微動だにしない。
そこで痺れを切らしたサーナが後ろから「ダクト!」といって飛びつくと、何の抵抗もなしにその人物は地面へと倒れ伏した。これにはサーナも驚いて飛び退いた。
そしてダニエルは一つの可能性に気がついて、そっと気配を殺してその人物の顔を覗く。
「ははっ、マジかよ」
暫く整えていないのだろう、中年に差し掛かった顔には無精髭が伸び放題になっており、痩せた頬には生気がなくやつれ切っている。
瞼は閉じられ、まるで死人のようにも見えるが、規則的な呼吸音からすると生きてはいるのだろう。
しかし意識はない。
「気を失ってもまだ、ここを守ってたってことかよ」
マントかと思ったが、よく見ると男の肩には使い古した毛布が引っかかっている。まさか寝ながらでも自分の気配に反応して動いたのか……。
一瞬でも怒りを抱いた自分をダニエルは恥じた。
駆け寄るサーナに反応せず、ダニエルのみに斬りかかってきたのは、それすなわち守る意思の表れ。
意識が無くともなお、この先には通さないという気合の為せる技だったのだろう。
「だがまぁ、肉体的には限界だったか。ほらサーナ、死んじゃいないからその人から離れて、担げないだろ」
「いや、サーナが運ぶ」
「お前だけじゃ重いだろ……なら2人がかりだな、主様とやらを休ませてやろうぜ」
2人がどんな関係で、この人が何故このような状況になってるのかはわからない。しかしダニエルはこの覚悟には素直に尊敬を抱くのだった。
「う……ん、ここは」
「あ! ダクト起きた!!」
ぼんやりする頭を振り、ゆっくりと身を起こす。
途端に飛びついてきたサーナを反射的に抱き止めると、今度は別の方から湯気の立つカップが差し出された。
自分の知らない気配、そう気がついたダクトは無意識のうちにサーナを内に庇い傍にあった棒を構える。
「……何者だ」
「そう警戒するなよ。ほら、松明の燃えかすなんか置いて代わりにこれ飲め」
「何者だと聞いている!」
「……旅人だよ、いや逃亡者かな」
ふっと笑った目の前の男。そのどこか気安い態度に毒気を抜かれたダクトは、つい言われるままにカップを受け取ってしまった。
「上等な茶なんかないからさ、野草茶だけど簡便な」
いいながらその男もカップからお茶を啜る。
「……飲めるか」
「安心しなよ。毒なんてない、てか殺るなら寝てる時にやった方が楽だろうがよ」
「……」
納得しそうになるが、安い売り文句だ。
保証にはならない。飲まないのが正解だ。
しかし……喉の渇きは限界に近い。もういつから何かを口にしていなかったか……。
口にしないのが正解だ、そう思う気持ちに反して身体はカップへと意識が向いてしまう。
そして気がついたら喉を温かな液体が流れ落ちていった。
「ほぅ……」
自然に漏れる吐息。
それに男がニヤリと笑う。
「野草なりに美味いだろ。雑味たっぷりだけどな。遅くなったけど俺はダニエル、そこの彼女に釣りしてたら連れてこられたんだよ」
「サーナが?」
傍のサーナを見ると、しゅんと俯きながら首肯した。
対面では自己紹介を終えたダニエルが「よっこいしょ」とおじさん臭い掛け声とともに腰を下ろす。
「サーナ、主が……ダクトが、みんなが死んじゃうと思って、なにか食べるものをって……それで……」
「サーナを責めないでやってくれ。俺がどうしてもって言ったんだ。その子の覚悟に惹かれてな」
「そうか……そうだったか」
連日のアンデットの襲来。
傷ついていく仲間。
尽きつつある食料。
そんな状況の中、仲間を離れるのは怖かっただろう。いつアンデットや野生の魔物に会うかもしれない、そんな中を食糧を探しに……仲間のために自分にできることをやろうとしたサーナ。
怒れるはずはない。
ダクトはそっとサーナを抱きしめて、礼を言っていた。
「ほら、色男。これでも食って精をつけな。外で焼いた川魚だ」
「むっ……いや、いい。それより他のものに」
「他にいたゴブリンさんたちなら、もうみんな食って休んでるよ。遠慮せずに食え」
「……すまん、助かる」
その時食った魚は、ダクトの人生で1番に並ぶものだった。
自分に居場所と存在価値をくれた、大事な"父"に初めて貰った粗野な骨付き肉、それと同じ優しさの味がした。
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