第60話 それぞれの出会い side???
「ダクト、起きた?」
「むっ……寝てしまっていたか」
背中に感じる硬い感触に眉を顰め、痛む体を推して起き上がる。今は何時か……暗い洞窟の中では時間間隔も定かではない。
「身体は大丈夫?」
瞳に不安を湛えて顔を覗き込んでくるサーナの頭を軽く撫で、凝り固まった身体を動かしてほぐす。
「なんとかな……だが、いや、なんでもない。大丈夫さ」
疼く傷。取れない疲労。そして空腹感。
だがそれはこの場にいる仲間皆が同じことだ。
自分が守るべき仲間。守りたい家族。
しかし少女にはお見通しだった。
触ったといえば、それは些細なもの。
しかし傷口を服の上から触られて、ダクトは小さく呻き声を上げた。
つられるように筋肉痛の体も悲鳴をあげる。
「ダクト、嘘ついた」
「うっ……今のはずるいぞサーナ」
「無理、しちゃだめ」
呻き声をあげるダクトに、今度は傷口には触れないように気をつけた優しい抱擁。
ダクトの方が背は大きいが、座り込んでいる今、サーナの胸にすっぽりと抱かれる形となる。
大きくはないが、小さくもない。何より昔から知っている少女の体温が安心感をもたらす。
しかし、今は和んでいる暇はない。
「すまない。今は無理しければいけないんだ」
洞窟の外が騒がしい。
もう「次」が来たようだ。
傍に立てかけていた剣を手に取る。
刃は汚れと傷でボロボロ。元々は貴族仕様の華美な剣だったのが見る影もない。
元々戦闘用ではないのだ。戦闘には彫刻や宝石は必要ないのだから。
貴族仕様とて、平民仕様とて、斬り叩き潰せるかしか、戦場では価値はない。
いや…………唯一、見栄のためもあるが質の良い鋼を使用していた事には救われたか。
「ダクト…………」
「隠れてなさい」
立ち上がり、剣を握りしめる。
初日の半分も力が入らないが、意志の力で足りない力を補填する。
立ち上がった足が定まらず、何度も地面を彷徨う。
頭がふらつき、身が重い。
「立てるものはいるか!」
しかし声を張り上げる。
「ダクト…………」
「い……ける」
「うっ……寝てた…………のか」
号令というより、叫びだ。これは。
仲間を、自分を鼓舞する叫びだ。
武器が地面に擦れ、傷だらけの体を押し、仲間が自分の後ろへ続く。
数人の仲間が倒れて動けない怪我人を引きずり、洞窟の奥へと駆けていく。
サーナの姿もない。逃げてくれたか。
「すまない皆、無理を強いるのはわかっている。だが、仲間を守るためだ。やるぞ!!」
洞窟の入り口、自分達の前に開いたそこからは夜の闇と大きな月、そして歪な人形が何体も、何体も重なって見えていた。
手足はもげ、腐敗し、黒く変色した血と土とカビで全身を覆ったものたち。
アンデット。
もはや生のない、ただ怨念を撒く肉人形の行進。
何度も繰り返した悪夢のような光景。
「誰も死ぬなよ。無理そうなら下がれ。いいな!」
返事の声はないが、聞いているのはちゃんと伝わってくる。
それでいい。
体裁よりも何よりも、体力を温存し生き残ることが大切だ。
「守り切るぞ」
先頭のアンデットの首を跳ね飛ばし、ダクトは先陣をきった。
悪夢の夜は、こうして始まる。
「皆無事か」
一体どれだけ剣を振るったのか。
どれだけの相手を斬ったのか。
腐肉でべっとりと汚れた剣を地面に突き立て、ダクトは背後を振り向いた。
洞窟の入り口からは仄かに光が差し込み始めており、夜が明けたのを教えてくれる。
それは光を嫌うアンデットがこれ以上湧いてこないということであり、戦いの終わりと同義だ。
今日もまた、守り切れた。
つい安堵感に座り込みそうになる気持ちをグッと堪え、ダクトはリーダーとしての勤めを全うしようと声を張った。
しかし出てきたのは掠れた弱々しい声のみ。
なんと情けない。
誰にも期待などされてはいなかったが、教師だけはついていた学生時代、もう少し鍛錬を真剣にしておけば良かった。
「うおっ……」
「危ない!」
立てた剣を杖代わりに、みんなの方を向こうと姿勢を返した途端によろめく身体を少女が抱き支える。
「サーナ」
「ダクト! もうボロボロ……」
「すまないな……みんなは?」
洞窟の中を見ると、夥しいアンデットの残骸が散らばる中でへたり込んでいるボブゴブリン達がいた。
倒れて起き上がれないものもいるみたいだが、避難していただろう女性たちが駆け寄り手当している様子から死んではいないようだ。
そう分かった途端、身体から力が抜けてしまう。
緊張の糸が途切れたのかもしれない。
「みんなも死んではいないよ。ダクトのおかげ」
「ははっ……そうなら誇らしいな」
サーナは力の抜けたダクトの体を洞窟の壁際まで運び、もたれかける様にして座らせる。そして少し彼の側を離れると、欠けたコップに半分ほどの水を持って戻ってきた。
「はい、湧き水」
「すまないな」
「ううん。ゆっくり飲んで」
彼女にさせられるがまま、コップに口をつけるダクト。
ここ数日食べていない身体には、ただの湧き水といえども染み渡る。過去に飲んだどんなワインよりも美味く感じる。
しかし所詮は水だ。体力を補える程ではない。
「ありがとうサーナ。まだ何とかやれそうだ。皆にも水と……何か食べるもの……は、無いか……」
「ごめん、もう持ってきたのは全部……」
「仕方ない。この状況は予想外だ。せめて相手がアンデットでなく普通の魔物なら……解体して食えるんだけどな」
流石に腐肉は食えない。
最悪飢えて死ぬしかないなら何とか……だが、本気で最終手段にしておきたいところだ。
「食べ物……」
「いや、無い物ねだりしても仕方がない。少し寝るよ……皆にアンデットの最低限の片付けと見張りをお願いしてくれないか。もう動けそうにない」
「ん、分かった」
サーナが返事をするのが早かったか、どうか。早々に意識を手放したダクトに少ない私物である毛皮を羽織らせると、サーナは非戦闘員の女性ボブゴブリン達と共にアンデットの残骸を洞窟外へと放り出し、比較的体力に余裕があり目の良い2人に入り口の見張りをお願いした。
戦闘していた皆は死んだように眠っている。
呼吸を確かめなければ本気で死体かと見紛うほどに。
誰も彼もが痩せてボロボロで生気がない。
「ご飯……必要。みんな死んじゃう……主……ダクトも死んじゃう……」
見張りの2人と目が合った。そして3人で頷き合う。
「見張りなら任せて。サーナは行ってきて」
「うん。見つけてくる。食べ物」
見張り2人はサーナの友人で、幼馴染。
彼女らに背を押され、サーナは1人、森へ出た。
怪我人の看病に見張りに予備戦力と、余裕があるものは誰もいない。ダクトの傍人であるサーナを除けば。
たった1人の食料探し、それが数奇な運命を運ぶと知らぬまま、サーナは草葉をかき分けた。
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