第59話 それぞれの出会いside 勇者
逃亡勇者になりはや2日。
追い詰められてる? 空腹で倒れてる? そんな事はなくノビノビとダニエルは川で釣りをしていた。
エサで使ってるのは、その辺にて狩った大きな芋虫型の魔物。芋虫なのに蛹にもならず羽化もせず、そのくせほっとけば猪並みの体長になるというよく分からない生態をしている奴だ。
一匹狩れば解体しつつ長く餌として使えるので、ダニエル的には有難い魔物である。もし釣りに飽きて余っても森に放置すれば何かしら食べてくれるので世話もない。森の生き物にとってこの虫は美味いらしく、アンデットになる暇もないまま食われるのでその点も安心だ。
ただし解体ありきな方法なので女子ウケは皆無だろう。
「なんかこ〜い、昼メシこ〜い」
手作りの竿に芋虫の肉片を括り付け川へ投げ込み、時々竿を動かすなどして魚を誘う。
陽の高さ的にもう昼が近い。ならば昼飯だと始めた釣り。既に3匹ほど釣果が上がっている。もう1匹2匹釣ったら飯には充分だろう。
釣りを始める前に手早く起こした焚き火も、薪にいい感じに燃え移っており加減はバッチリだ。少し離した地面に枝に刺した魚でも立てておけば、こんがりとジューシーに焼きあがるだろう。
というか、もう焼き始めても良いのではないか。
今から焼けば昼飯にちょうどいい時間になるだろう。
周囲を見渡しある程度の大きさの石を見繕うと、地面に刺した竿の周囲を囲うように積んで固定する。これで暫く竿から手を離せる。
続いて適当な枝を拾うとナイフで削って串に加工し、既に釣った魚を刺して遠火に晒す。
味付けは逃亡中に買っておいた塩を節約しつつ使用。
城のクローゼットに落ちていた宝石がいい感じに売れたのだ。くすねてきて良かった。調味料とかナイフとか買ってもまだ余る。
宝石は目につかないところに幾つか落ちていたので、きっと馬鹿ほど輝いていた装飾品から落ちたのだろう。
城からの脱出ルートを探してた時に見つけた自分ナイスと褒めたくなってくる。なおくすねた罪悪感はない。バレやしないだろう、どうせ落ちてたし。
末席とはいえ一応貴族のはずだが、ダニエルの根性は完全に平民、しかも多少グレてるタイプの平民に酷似していた。
「よしよし、いい感じの位置だ」
遠すぎず近すぎず、絶妙な火加減を確認して満足し、固定しておいた竿へと戻る。すると竿の先が微妙に動いてるのに気がついた。
「おっと!来てる来てる!!」
慌てて石から竿を外して引きを確認。割と強い、重さもある。大物の予感がする。
しかしここで不気味な手応えが返ってきた。
魚の引きではない。これは竿の半ばからのもの。
「まずいっ!!」
思わず声が出てしまった。
半ばからメキメキと、音にならない感触が伝わってくる。
魚が引くたびに竿が断末魔を上げている。
明らかに竿の力不足。
この竿、その辺で拾った枝では限界なのか。
魚に負けじとダニエルが巧みに竿を操る。腕は負けていない、確実に弱らせ引き寄せている。川面に魚影も水しぶきも確認できる。
勝てるのだ。
「いける! いけるんだ!!」
叫ぶように自分を鼓舞する。
自領で勉強もサボり遊び回っていた腕は、その自負は伊達ではない。
狩猟も釣りも採取もお手のものだ。
その経験が言っている。自室にある愛用の竿なら充分に勝てる相手だと。
だが現に今自分は負けそうになっている。
これでいいのか?
いいわけがない。
「まぁけるかぁぁぁぁ!!」
メキメキと半ばから折れようとしている竿。
ピリピリした緊張感と、魚の生存に賭ける執念が張り詰めた細い糸を通して伝わってくる。
奴は必死だ、必死で抵抗している。
これは奴と自分との真剣勝負なのだ。
竿が悪い? バカな。竿のせいにして勝負を捨ててなるものか。
言い訳にはならない。竿のせいにして負けを認めるくらいなら、たとえ竿が折れて糸だけになろうが、素手で手繰り寄せて勝利を掴んでやる。
我に勝利を!
「うぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びをあげ、ガンと小石を跳ね飛ばしながら鋭い踏み込みをし、裂帛の気合を竿にこめる。
握りしめた両の手からは血が滲み、右手の甲では女神の聖紋が赤い光を溢れさせる。
その光はまるでダニエルの気合いに応えんかとするように猛々しく、その輝きを高まらせながら竿を包み込んでいく。
それはまるで、紅く輝く光の剣。
同時にダニエルの脳へと強いイメージが流れ込んできた。
魔物の軍団に蹂躙される人々。
太刀打ちできず薙ぎ払われる兵士たち。
そんな暴虐の中を、闇を切り裂くようにして荘厳な剣を を手に駆け抜ける騎士。
魔に立ち向かうその騎士を、天空で見守る女神。
そして紅き祝福と魔を払う光の一撃。
全て悟った。その騎士が誰なのか。
紅く迸る竿が抵抗をねじ伏せ、空中に立派な魚影を打ち上げた。
糸につられて空を泳ぐ魚がダニエルの横に落下する。
と、同時に竿を覆っていた紅い光が消え、半ばからどころか3本に折れた竿が辺りに散らばった。
魚がぴちぴちと石の上で跳ねている。
「……あ、そうだ。串打たないと」
少し呆けていたダニエルはそう呟くと、気もそぞろのまま魚を処理して串に刺し、塩を振った。
「あのカッコいい騎士が俺? んなバカな」
イメージで見た剣は今の竿に酷似していた。
そして輝いた女神の紋。
「なに? ということは俺って教会で何度も訓練しても出来なかった聖紋の覚醒? 使い方ってーの? それ俺釣りでやっちゃったってこと? え、どんな勇者よそれ」
最初の覚醒、相手は魚。魔王でも魔物でもない、魚。
なんなら今日の昼ごはん。
とっても庶民的。
歴代勇者は最初から聖紋の使い方を知っていたって話だけど、こんな日常の一コマ的なもので知った先輩はいるのか是非とも教えてほしいところ。
いたらいいな……。
つらつらとそんな事を考えているうちに下ごしらえが終わった魚。勇者最初の相手は、呆気なく今から丸焼きになる運命。炎の魔術でも聖なる一撃でもなく、焚き火で。
なんだかもう、勇者ってなんだろう。
もういいや、とりあえず昼飯食べよう。
今まで川の方を向いて作業していたダニエル。最後の一本を焚火に晒そうと振り返る……と、今まさに魚を盗もうとしていた少女と目があった。
「「え?」」
お互いの時間が停止する。
その少女は薄く粗末な衣服を着ており、薄汚れてはいるが可愛らしい容姿をしている事は充分にわかった。
歳の頃はダニエルと同じくらいだろうか。
特筆すべきは少女の柔肌は、まるで植物の葉のような緑色をしているということ。
つまり人族ではない。緑の肌で人に近い姿となれば、知識的にはゴブリンだが……。ゴブリンと呼ぶのは侮蔑にもなりそうな程に彼女は可愛らしい容姿をしていた。
「えーと、なんだ。その魚」
「ご、ごめんなさい! あるじ、空腹で……」
「あるじ? 主人がいるって事??」
そう聞くと彼女は嬉しそうに「あい!」と頷いた。
仕草が子供っぽく、無邪気な印象を受ける。
とりあえず危険はなさそうだと判断し、ダニエルは彼女に名前を尋ねた。
「俺はダニエル。見ての通り釣りしてる暇人だ。んで君は??」
「わたし、サーナ」
「サーナか。んであるじさんが空腹って事?」
「あい」
また頷く彼女。その薄く肉付きの少ないお腹からも、特大の腹の音が聞こえてきた。
「君もお腹空いてんじゃない?」
「うん、空いてる……でも!」
仕草は幼い。だがその視線はとても強かった。
「あるじが死んじゃう。仲間も頑張ってる。助けなきゃ」
「なるほどな」
仲間がいて、主人がいる。そしてこの調子だと仲間も主人も空腹が高まっているのだろう。
ダニエルは右手の聖紋を見る。意識を向けるとそれは紅い光で返してくれた。
竿になりそうな枝も、鈍器になりそうな太めの倒木も、その辺にはいくらでも落ちている。
「ならもう少し食料増やさないとな」
余っていた糸を新しく竿にすると決めた枝に取り付けながら、ダニエルは紅く光る竿を川へ向けて振りかぶった。
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