第57話 湯煙温泉、女のマウント

エトルーンの町で大浴場は立派な公共施設である。

というのもエトルーンの前領主が名の知れた傭兵団を率いる武闘派であり、魔の森に近いこの場所に町があるのも先代エトルーン伯爵が自力で切り開き開拓したからと言われている。

数多くの魔物を討伐し、盗賊などから民を守り、魔族とすら切り結んだとされる先代エトルーン伯爵。

彼の冒険譚はエトルーン市民にとっては子供のころから読み聞かせられる有名な逸話であったし、また実際に体験したことばかりのため、その没入感は凄く大人になってもより詳細な冒険譚を読みたがる人は多い(そのためエトルーン市では役所に大人向けの冒険譚がレンタルで置いてあったりする)

で、これがどうして浴場に絡むかというと……先代が討伐した魔物の中に「火の亜竜」と「水吹き亀」が居たことが理由である。

先代エトルーンはこの2体の魔物を時期別に倒し、その素材を持ち帰ったのだが……当時町の衛生面が気になっていた伯爵は持ち帰った素材の一部を使用して入浴施設を作ったのだ。

具体的には恒常的に熱を持つ「火の亜竜」の心臓を加工して魔道具に作り直し、水が湧き出す「水吹き亀」の頭部および魔石を加工して、緩やかながら水が出る魔道具を作成した。

あとはその2つをくっつけて運用すれば、湯が自然と出てくる疑似温泉の完成だ。

普段の町なら水汲みの労力と薪の消費、管理の大変さから浴場を作るなど現実的ではなかったが……この2つがあれば安価で入浴習慣を提供できる。

そう考えて先代は善は急げと作り上げたのだ。

料金設定は施設を維持する最低限であり、洗濯できる場所だけでなく、周囲での屋台出店なども許可して「市民がくつろげる場所」に。兵士による定期巡回も組み込んで女子供も安心して利用できるように計らった。

全ては住民たちの健康管理と流行病の防止のため。

先代エトルーン伯爵は、衛生管理の概念をしっかりと持つ人物であった。

故にエトルーンでは浴場の運営がかなりしっかりと行われており、名物とまでなっている。


「では、しばらく後に屋台で夕食でも食べましょう。それまでは自由ということで」

「またねエッ君〜」

「また夕食でね」

「いてらー」


男女分かれて女性側には女性兵士を警備に置き、住民や旅人でも利用できるように配慮された浴場の入り口付近でエグジムは女性陣としばしの別れとなる。

昼食は各自でとなった。1日浴場を楽しみ尽くす気満々である。

しかしエグジムとしてはそこまで湯船に長時間浸かる気にはなれなかった。旅の疲れもあり長めには浸かったのだが、長居できて1時間程度。そんな半日も時間は潰せない。洗濯もしてみたが糸魔術の応用で衣服に魔力を通し、洗剤につけて微振動させてみたら面白いくらいに汚れが落ちた。故に洗濯も手早く終了。

濡れた衣服をレンタルしてきた乾燥の魔法が付与されたカゴに入れて乾かしたら、本当にやることが無くなった。

お昼には少し早いが昼食にでもするか……。そう思い屋台を見回してみると……ふと、エグジムに天啓が。

思いついたらやってみるべし。素早く左右を見回したらお目当ての人物が暇そうに歩いているのを発見。


「あのーすいません」

「はい、なんでしょう」

「ここの場所って……」


にこやかに答えてくれた兵士さんへ、エグジムはダメで元々とお願い事開始。しかし、意外にあっさりと許可が出てしまった。もうこうなれば素早く入浴など済ませてやるしかない。とりあえずエグジムは浴場へとダッシュした。


 


一方女性側。


美への追求とは、どの時代でもどんな女性でも命題となりうるものである。

特に化粧、美容に効く食品、体重管理、美容ケアは女性の本気が如実に出る分野だろう。

つまり、女性陣は入浴にガチだった。

そして互いへの競争心も。


「おっふろ~おっふろ~」


即興で歌いながら服を脱ぐミーファ。

手甲を外し、剣をとり、革鎧を脱いだ時、まるで抑圧から解放されたように揺れる双丘。

その瞬間、自身も半裸になったレミが愕然とした様子で彼女を見ていた。


「ん? どしたのレミ」


背後からの熱視線に気が付き、脱ぎながらも問いかけるミーファ。

レミはそんな彼女の問いには答えず、黙って近寄ると背後からその双丘を鷲掴みにした。


「あ! ちょっと……」

「ミーファあなた……もしかしてまた大きく……」


わしわしと遠慮なく揉みながら、声を震わせるレミ。

普段は革鎧で抑えているが、ミーファはデカい。

そしてレミは、足元の見晴らしがとても良かった。


「うん。多分またね……重くてもう。レミが羨ましいよ」


持たざる者に、持つものが言ってはならないセリフ、頂きました。


「あ?」


まるで鷹の爪のごとく双丘に食い込む繊細な十指。

双丘が柔らかく変形する。


「いたいいたいいたい! ちょ、レミ!?」

「な・に・が重いよ! こんな胸! 脂肪の塊め! 捥いでやる!」

「ちょ、まって、ごめん、ごめん!」

「うるさいわ! 持つ者に持たざる者の気持なんか分かるかぁ!!」

「いやー---!!」


ちなみにレミも持たざるものではあるものの、平野というわけではない。

つつましやかな双丘は確かにある。

更に言うなら新雪を思わせるような透き通った肌にスラリと長い手足、綺麗にくびれた腰。

女性の中には少なくない数、レミに羨望を送る者もいるだろう。

つまりはミーファはグラマーであり、レミはモデル体型ということ。

どちらも異なった魅力を持つだけなのだ。

しかしコンプレックスは時に自分の長所を見えなくしてしまう。

今のレミは巨乳に憧れた妬み女子でしかなかった。


「このこのこの!」

「いやー! もう揉まないでー!」

「あーもう柔らかいなくそっ! 少し分けてよ!」

「レミちゃんキャラ変わってるよ!?」


脱衣所でじゃれ合っている2人だが、実はこの会話、男子側にも漏れ聞こえていたりする。

女子浴場に入っていくところを見た男も何人もいたのだろう。声だけでもヤバいのに、その声の主が見目良い少女たちと知って妄想展開。

前かがみになる人が続出した。見事な二次被害である(ちなみに当人が恥ずかしかっただけで実害はない模様)。

さっさと服を脱いですでに浴室に浸かっているエグジムは、まさかそんな事になっているとは思わず、しばらくして入浴してきたほかの客が一様に前かがみだったのを怪訝な目で見ていた。

ある意味惜しい男である。


「レミちゃんだって、スタイルいいじゃん! 何その真っ白な肌! どうしたらそうなるの? 日焼けは!?」

「私は日焼けしにくい体質だし、ちゃんとケアしてるから」

「そっちの方がずるいでしょ! ケア教えて!」


やいのやいの。女子2人でも十分姦しい。

他の女性客もケアに興味があるのか聞き耳を立てている。

一部の女性客は巨乳に恨みでもあるのかレミを応援する構えだ。

しかしそんなじゃれ合いは唐突に終わりを迎えた。

いや、迎えさせられた。


「2人とも仲いいわね」


ラスボスによって。


「え」

「わぁ……」


じゃれ合っていた2人が硬直する。

脱衣所の奥、2人とは少し離れたところから歩いてくるのは、まるで女神かと見まごう人物。

腰まで届く白髪はまるでミスリルを丹念に紡いだ銀糸を思わせる輝きと艶を放っており、その肌は新雪よりもなお白く染み1つ無い。

スタイルもまるで芸術作品を思わせる均整を備えており、世の女性が理想とするサイズ、細さ、長さ、そしてメリハリ。どこにも文句のつけようがない。

まるで女神かと問われれば、誰しもが頷いてしまいそうな美の集合体がそこに顕現していた。


「うそでしょ……」

「なにあのスタイル」

「美しいわ……」

「お姉様……」


脱衣所の誰もが感嘆の声を上げてリタリカに釘付けとなる。

嫉妬、争い、僻み、比較。それは得てして比較が可能な対象に限られるものだ。

それが遥か雲上の、自分との比較が想像できないほどの存在であったなら……そこにこれらの感情は発生しない。

発生しようがないのだ。あまりに現実的ではないから。


「どうしたの2人とも、服脱いだのなら風邪ひくわよ? 早く入りましょう」

「あ、はい」

「そうですね」


気持ちばかりタオルで前を隠して歩く姿が逆に煽情的になってしまっているリタリカ。


「あれで、一児の母……?」

「しかも私たちと同年代の……」


美魔女、ここに極まれり。

少女二人はどうしようもない敗北感に打ちひしがれるのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る