第56話 つまらないですわ
「つまらないですわ、つまらないですわ……」
午前の時間も終わりに近づき、そろそろ昼食だろう頃合いの中、教室の後方窓際の席でユーリは窓の外ばかりを眺めていた。
その光景は窓から差す日差しがまるで後光のように神々しく、一瞬絵画の切り抜きかと勘違いをしてしまうほど。
入学と同時に数多くの男子の目を奪い、辺境伯家の令嬢ということで挑戦者は少ない者の、それでも一定数いる地位と容姿を兼ね備えた
美男子たちがアプローチを仕掛けるが、そのどれもが玉砕し恋心を募らせていった。
日に輝く金の髪はまるで宝飾品のきらめきがごとく、愁いを帯びた横顔は名匠の彫刻ですら霞んでしまうほど。
お昼も近い集中力の切れる時間帯だということを抜きにしても、教室の一部の生徒は黒板よりも彼女の横顔を盗み見て、そこにある美に釘付けとなっている。
この教室では「よく見られる」光景だ。
ゆえに教師も慣れたもので、彼女の横顔に見ほれる主に男子生徒に対して簡易的な無属性魔法「ショック」を放ち、デコピンくらいの威力に抑えた一撃を見舞う。
額を抑えた学生は「授業を聞きなさい」という教師の圧に負け、以降しばらくは大人しくなるのだ。
もうこれもこの教室では「見慣れた」光景である。
「ユーリ様、お美しい」
「何かお考え事かな?」
「きっと深いお考えを巡らされてるんだわ」
「何か悩み事なら、お役に立てることはないかしら」
ひそひそと、教室で交わされる会話。
ショックが2発飛び、2人が沈黙した。
「えー、皆さん集中するように」
ショックを片手間で放ちながら授業する教師ローエンス。
実はこの学院でも上位の武闘派である。
担当は歴史と戦術理論。
彼は先ほどから「つまらない」などと舐めたことを言ってる生徒へ、教師なりのプレゼントを送った。
「ではミス・エルフィン。20年前に多数の商人の犠牲を出し、アンダーウッド防衛措置に則り傭兵組合を指揮し対処した事件は何だったか、答えてください」
「え、あ、はい。えっとそれは……確かゴブリンキング討伐戦、ですわね」
「はい正解です。当時アンダーウッド外にゴブリンを始めとした小鬼族に連なる魔物が大量発生、特殊個体である準魔王級、ゴブリンキングまで確認された事件がありました。エルフィン辺境伯家はこの事態を重く見て保持戦力だけでなく傭兵組合にも応援要請を行い、殲滅作戦を展開する事態となりました。ではミス・エルフィン。なぜそこまでの対応をする事となったのでしょう」
片手で開いていた教本をそっと閉じ、真正面から見つめつつ問いかけるローエンス。
教師の放つ圧力は学生から余裕を奪う。ちゃんと授業を聞いていない生徒程顕著だ。
しかし優等生にはアピールの場にもなるもろ刃の剣。
「それは……えっと」
「おや、答えられませんか。でしたらつまらないなど言わずにちゃんと」
「理由としては大まかに3つ。1つはゴブリンキングの成長性を恐れたという事。放置していては新たな魔王にまで成長してしまいます。次にその統率性。ゴブリンキングに統率されたゴブリンをはじめとする人型の魔物は危険度が跳ね上がり、計画的に略奪などを行うため被害も大きいですわ。最後に当時の規模。小規模の時に発見できていれば領主か傭兵ギルドのどちらかのみで対処可能でしたのに、発見が遅れたために早急な対応が求められる規模にまで成長していたのですわ。いかがですか?」
「……満点ですよ、ミス・エルフィン」
「ありがとうございます」
優雅に礼をして、また窓の外を眺めるユーリ。少し悲しそうなローエンス。
ユーリの凛々しい回答にまた授業そっちのけでユーリをもてはやす生徒にショックを打ちつつ、ローエンスは授業を再開した。
なるべく興味を引くように、軽快に意識しながら。
ユーリを辱めたかったのではない。ただ教訓を1つ与えて授業を聞く方向に持っていきたかっただけのローエンス。
ユーリが興味を引く授業を考えることが、この日から彼の課題となった。
ちなみにショックを彼女に放たないのは、彼女自身は大声で授業を妨害するわけでもなく、ただよそ見をしているだけであるからだったりする。
彼なりの線引きだった。
「はあ……つまらないですわ」
一方ユーリ、彼女は別に授業がつまらないわけではなかった。
むしろローエンスの授業は生徒を楽しませる工夫もあり好きな方。
ならなぜ詰まらないのか。ひとえにそれは彼女の交友事情、もっというなら1人の男子の不在が原因だった。
(王都出張? 聞いてませんわ! もし聞いていたら馬車でもお出ししましたのに)
勿論出す馬車にはユーリも同乗予定である。
彼女にとってエグジムとは親同士の仲の良さもあり、気さくに話せる友人であると同時に自分の知らない世界を知っている人でもある。
何より、取り巻きなどではなく、腹の読み合いもなく、自然体で付き合える唯一に近い友人だった。
彼と知り合って2か月にもならないが、それでもユーリにとっては彼との時間は心地の良いものであり、純粋に楽しいと思えるもの。
父親の服を作りにエグジムが屋敷に通っていた時などは、いつもワクワクして出迎えていたものだ。
そんな大切な友人がまさかの不在。しかも長期。
つい先日の学校終わりに数日ぶりに遊びに行ったらビリームしか店頭におらず、あからさまにガッカリしながらエグジムの所在を訪ねると「あいつなら王都に行ったよ? 帰り? うーんいつになるかなぁ……知りませんでした? おかしいな……シュバルドの奴には言っといたんだが」と言われ、愕然としたのだ。
その後帰宅して早々に父親に拳を叩きこんだのは言うまでもない。バーストナックルでなかっただけ感謝してほしいものだ。
なにが「忙しくて言うのすっかり忘れてた!」だ。いい加減にしてほしい。
(王都なんて勝手に行って……付いていきたかったですわ)
きっと楽しい旅行になったはず。
と、そこでユーリはひとつ思い出した。
それはしばらく会っていない、王都で役人として働く母のこと。
(そうですわ。入学してからお母様に会っておりませんもの。顔を見せに行くなら何も不自然ではありませんわね)
「あの……えっと」
(なら計画をどうするか……公務でもついでに入れときましょうか。でもそれだと遊ぶ時間が)
「あの~」
「ん? なんですの?」
考え事にふけっていると、となりから自分の肩を控えめに触ってくる感触に気が付いた。
窓の外にやっていた視線を室内に戻すと、少し自信がなさそうだがかわいらしい容姿の少女が隣で話しかけてきていた。
「先生、ちょっと可哀そうだよ。授業聞いてあげよ?」
赤髪のショートカットにやわらかい雰囲気の少女。ミリリがこっそりと話しかけてきた。
この二人、実は一緒のクラスになっていたりする。
まだ大人しい彼女に対してはエグジム程はっちゃけられないが、それでも貴重なユーリの友人だ。
「ミリリちゃん」
「最近ちょっと元気ないよ? どうしたの?」
「元気もなくなりますわ、だって……」
こそこそと内緒話をし始めた二人にローエンスが二発分のショックを準備するが。
「とりあえずさ、今は授業聞こう?」
「そうですわね」
「また休み時間に、ね?」
基本的に優等生タイプなミリリに諭され、ユーリも授業をまじめに受ける姿勢へ。
2人して黒板に向き直る少女たちに、教師ローエンスは心の中で「よくやった!」と称賛を送っていた。
ショックは解除……せず、早弁をしていた男子学生と居眠りしていた女学生へとクリーンヒット。
ミリリの内申が少し上がった出来事だった。
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