第55話 町での一休み

アンダーウッドから移動して1週間。

魔の森の一部を横断してすぐに位置するこの町、エトルーン。

規模としてはアンダーウッドの10分の1程ではあるが、地元民の賑わいと、魔の森に挑む傭兵たちやアンダーウッドを目指す商人たちが基地として利用するだけあり大変活気のある町である。


そんな町の一角、森側の門に近い位置にある宿の一室で、エグジムは目を覚ました。

途端に飛び起き周囲を見回す。手はベッド脇をせわしなく探り、何かを必死に探していた。


「あらお早うエグジム。もう少しゆっくりしてても良いのよ?」

「え、あ……そうだった、宿だった……」


森を抜けるまでの間、気を抜いたら魔物や盗賊に襲われかけ、平和に終わりそうな状況であっても

わざわざリタリカが魔物を誘導するので、やはり目覚めまで油断できない環境下に置かれていたご一行。

気配を感じて目を開けたら巨大な蜘蛛が顔ゼロ距離にいた恐怖は忘れない。

上げた悲鳴に反応してスリングショットを放ってくれたレミにはその後全力で感謝を伝えた。

翌日はミーファが悲鳴を上げて戦闘開始。ショックで固まるミーファを庇い、レミとエグジムの二人で巨大な芋虫を袋叩きにした。

半泣きのミーファはその後、立ち直るのにかなり時間を要した……さもありなん。

魔の森を横切り、時々村を経由しつつ、そのほとんどの道程を野宿で過ごしたその間中、夜中は危険と隣り合わせ。

正直精神が削られる。

最初はキャンプだとワクワクしていたが、数日もたたないうちに焚火の消えることが恐怖になり、薪は多めに集めることが癖になった。

魔物に襲撃されてからは男女とか関係なくみんなで固まって寝るようになったし、枕元には武器が無ければ不安で寝付けない体になってしまった。

レミとミーファはスリングショットを外したことが無かったように思う。

その弊害だろう、街の宿で眠っていても起きてすぐに「薙ぎ鋏」を無意識に探してしまったのは。


「ではせっかく起きたことだし、食事をとりに行きましょうか」

「……おう」


旅立った時の自分にはもう戻れないかもしれない。

宿の中で鋏を持つ必要は無いまでも、糸束は持っていないと不安になってしまう自分にため息が出る。

武器がすっかりと精神安定薬になってしまった。


「ふふっ。いついかなる時も備えあれ。いい傾向ね」


ちなみに楽しそうに夜襲も仕込んだこの彼女。

野宿中は自動迎撃がついた氷の結界に守られつつ、優雅に熟睡をかましていた。

殺意がわいたのは言うまでもない。


「ふぁぁ~。屋根があるって幸せだよ」

「本当ね……壁もある、魔物入ってこない、巨大な虫来ない……」

「眠れるしな、まともに寝れるしな」

「ふふっ、皆さん休息できて何より」


宿の食堂で用意された朝食プレートを囲む一行。

優雅にほほ笑むリタリカとは対照的に、3人の若手は暗い影を表情に落としつつ朝食をとっていた。

この宿の朝食は1回なら無料でお代わりできる。リタリカ除く3人はすでにお代わり利用済みだ。

森でキャンプ飯が最近の主食だった3人。パンとスープとサラダ、ベーコンといった食事がとても

文化的なご馳走に見えて食べる手が止まらない。

ちなみにキャンプ飯は食える魔物を狩って適当に内蔵処理と血抜きのみを行い、丸焼きにしたシンプルなものだ。

四足歩行の獣、川魚、鳥類などが代表だが、どうしてもない時は食べざるを得ない時が2度あった。

そう、芋虫を。

……若干クリーミーで味は悪くないどころか美味しかったのが悔しい。

でも2度と食べたくない。


「卵美味しいよ~」

「パンはいいね……フワフワで。甘みがある」


女性2人はきっと、キャンプ飯の一部の記憶を上書きしようと頑張っているのだろう。

エグジムも加工された肉の美味さに言葉が出ない。

人間、やはり文化的な生活は大切だ。


「今日は1日休息に充てたいと思います」

「「「異議なし!」」」


満場一致可決。リタリカの意見に反対票0。故に決まった休息日。


「それでなんですが……この町にはね、あるのですよ。浴場が」


ガタっと椅子を蹴る勢いで立ち上がる女子2人。

その目はらんらんと輝いていた。

勿論、そんな気持ちなどリタリカにはよくわかっている。


「行きますか?」

「「行きます!!」」

「あ、俺も行きたい」


控えめにエグジムも挙手。

ちなみに男女で湯舟は分かれているのでエグジムが行っても問題なし。

女性陣に変な勘ぐりされることも無く、食後は入浴と決定した。

美味い飯を食って、ゆっくりと湯船につかる。

これぞまさに命の洗濯だろう。

浴場には洗濯場も併設されていることが多い。汚れた服とも今日でおさらばだ。

各自朝食後は背嚢に着替えと汚れた衣服を詰め込んで浴場に繰り出す用意を整える。

気合の入りが違うのだろう。いつもは準備に時間のかかる女性陣が、この時ばかりは爆速だった。


「さあ! 行くよ大浴場!! あと洗濯!!」


テンション上げ上げで拳を空に突き出し宣言するミーファ。

レミも控えめながら凄くうれしそう。


「ようやく洗濯できる……」


川でも多少はやっていたが、ただの水洗いで衣類を着まわす道中は辛かった。

入浴もうれしいが、汚れ物をやっと洗えるのもエグジムとしては凄く嬉しかった。

衣服は大事にしたい、そんなエグジムの職業観も大いに影響している。

ただ。


「さあ付いてきて。えーと確かあっちに……」


リタリカの背に続く3人の腰に、腕に、風呂に行くだけなのに武器がしっかりと装備されている。

今から冒険にでも行くのかってくらいの勢いでだ。

……これは彼らの今までと、それによる現状をしっかり表した結果なのかもしれない。

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