第53話 勇者とあまりに早い人生の墓場
勇者認定and拉致事件よりはや三日。
あの日は夜になってからようやく食べれた焼きとうもろこしの味は忘れない。
ともかく、それから今まで怒涛の忙しさだった。
翌日にはさっそく、教会にて勇者とは何か、魔法とは何かを詰め込めるだけ詰め込まされた。それはもう、貧乏商人が狭い中古の馬車に乗せれるだけ商品を積むが如く。
正直どれだけ頭に残ってるか自信ない。
ぱっと出てくるのは、勇者とは「魔王となりうる存在がこの世に現れたとき、天がもたらすもの」であること。つまり勇者1人=魔王1人のセットであること。
そして手に現れた聖印、これは女神の祝福であると同時に選ばれし力を行使する媒体であるとのこと。
これが翌日、つまり三日目に響いた。
三日目の内容とはつまり、聖印を行使すること。
いや正直使えと言われても「どうやって?」という感じだった。教会にも聖印がどういったものかという伝承はあったらしいが、使い方の記述まではなく……むしろ歴代勇者は経緯はどうあれ教会と関わった段階で既に聖印を使えていたという。
故に午前は手探りで色々思いつくままに試して成果を得られず、午後は諦めて勇者や聖女、教皇などが扱える聖属性魔法について叩き込まれた。
そして迎えた四日目。
ここまで家に帰してもらえず、教会の中に一室設けられて軟禁状態のダニエル。その無駄に豪華な部屋の扉が控えめにノックされた。
「あ、はいー」
この部屋は教会の中でも限られた人間にした立ち入りを許可されない区域にあるため、来ると言っても世話係のシスターか講師の牧師、聖騎士くらいしか思いつかない。
ゆえに無警戒で返事したのだが、現れたのは予想には無かった人物だった。
「失礼します勇者様。私リナリーと申します。今後とも末永くどうぞ宜しくお願いいたします」
「え、は?」
ぺこりと目の前で頭を下げる幼女に間の抜けた返事を返すダニエル。初対面の……しかも幼女が丁寧に頭を下げてきたのだ。加えて今後とも発言。頭の中が追いつかない。
「えーと、末永く??」
「はい! 宜しくお願いしますね旦那様」
「はい??? えっと君……おいくつ?」
「先日十歳になりました」
「わぉ……」
これは、なんだ、事案というやつじゃないのか。
どうしてこうなった。
そして聞き捨てならないセリフも聞こえた。
「ちょっと待って旦那様?」
「はい! 勇者様と婚約者だなんて……嬉しいです」
ぽっと頬を赤らめて照れる姿は可愛らしいが、待ってほしい。ダニエルも先日十五歳で、幸か不幸か致命的な歳の差じゃない。むしろ貴族の婚姻としては歳が近い方だ。
しかしこのリナリーと名乗る少女。銀の髪と金の瞳を持つ神秘的な美を体得している彼女は自称十歳とは言うが……外見的には良くて八歳あたり。ダニエルてきには恋愛云々の対象年齢じゃない。
これはどうしたものかと硬直していると、リナリーの背後からシスターが1人静かに出てきて1通の手紙を差し出してきた。
差出人は、親父。
確認するなり手紙の封を切り、四つ折りにされた紙を取り出した。
『親愛なる息子よ。この度は大変な事になったな。お前が勇者になったのは光栄だが、まだ頭がついていかないよ。ははは……歳かな』
「全然歳じゃないよ、だって俺もついていけてないし」
『さて、早速本題に入るが、この手紙が届く時、お前の前には見目麗しい女性がいるはずだ。年齢差もまあまあ問題ないだろう……お前にはちょうど婚約者もいなかったし、俺も断り切れるものでもないし……幸いにも気立は良いらしい。ダニエル、聖女様を頼むぞ』
父より、そう結んで終わっていた手紙を2度3度と読み返してからリナリーを見る。なんか彼女の視線が慈愛のこもったものに見えてくるから事前知識というのは恐ろしい。
手紙が本当なら、きっと婚約は教会の上層か国王か、なんにせよ自分の実家なんぞ手も出せない大物が絡んでいるのだ。
とはいえ、確認は必要だが。
「リナリー様」
「おやめください、どうぞ私のことはリナリーと」
「いやいや……まだ慣れません。それよりリナリー様、この手紙にあったのですが、貴女が聖女であると……」
「はい。恐れ多くも務めさせていただいております」
「そうですか……」
これで確定した。自分の婚約者は聖女であると。
田舎でのスローライフ、適当に結婚して暖かい家族を作り、贅沢出来ずとも平穏な日々を送る。
その最初の一歩である成人の儀で既に目標は詰んだ。
聖女と婚約者で一般家庭はないだろう。下手すると親の階位より自分が上になる可能性すらある。聖女のカードはそれほど強力なのだ。そんな強いカードを王侯貴族じゃなく自分に切るか? あ、勇者なら十分聖女を切るに値するということだろうか。
もう勇者怖い。
「えーと、リナリーさん」
「ですからリナリーと」
「まだ勘弁してください。んで、婚約が仮に本当として」
「本当ですよ?」
「か・り・に! 本当として、これから何をすれば?」
「むー……本当なのに……。まあいいです。とりあえずは私たち2人で国王へご挨拶ですね。ダニエル――様は国王様への謁見二回目ですので今回は婚約発表といった感じです」
初っ端から国王巻き込んできやがった。
これはもう、逃げられない。
ダニエルに年下婚約者ができた瞬間だった。
どうしてこうなった。
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