第52話 仕立て屋の憂鬱、勇者の虚無

「ほ、本当に行ってしまうのかい!?」

「しつこい」

「ぐわっぷ!!」


ともかく。


店の裏に眠っていた馬車へと荷物を積み込み、意気揚々と出発準備を整える四人。

1人はこの集団のリーダーにしてゴールドランクの傭兵リタリカ。別名「氷雪のリタリカ」。仕立て屋「猫のひげ」の営業担当。真っ白い髪に華奢な身体。体躯に似合わない大きな棺型の盾を軽々と背負い、馬車の荷物を確認している。


1人は駆け出し傭兵の明るい少女ミーファ。滑らかな金髪をショートカットにし、武器は腰に吊るした二本の短剣と右腕につけたスリングショット。火の魔術を多少習得しており、魔法と接近戦を臨機応変に使い分ける。彼女は吹き飛ばされたビリームの様子を見た後に軽く手当てをしていた。


1人は同じく駆け出し傭兵少女レミ。

黒髪のショートヘアーは艶やか故に光りが縁を作り、ミーファと同じく短剣とスリングショットを装備している。魔術は火の魔術と水を多少習得しており、それ以外でも索敵や罠の解除などを器用にこなす。戦闘と探索を並行してこなすスタイルだ。そんな彼女は吹き飛んだビリームには一瞥するのみで、自身や同行する少年の準備確認に余念がない。


そしてこの4人組の唯一の男性であるエグジム。母親譲りの曇りない白髪に、たまに近所のお年寄りに「緑内障なかまじゃの」と揶揄われる緑の目。補足筋肉のついた体は貧弱なようで無駄がない。職業仕立て屋。戦闘職じゃない、生産職。そんな彼は慣れない剣帯に一振りの剣をさして忙しなく店舗と馬車を行き来している。何度も大荷物を抱えて周りなど気にしてる余裕はなさそうだ。


「ぐふっ!」

「あ、ごめん踏んだ」

「てんちょー!」


ミーファの手当てが増えた。

さておき。


「あなた、留守の間任せますよ? あんまり根詰めすぎないように」

「分かったよ。ったく……ぼちぼちやっとくわ。早めに帰ってきてくれよ? 息子はしっかり戦力なんだからよ」


ミーファに手当てされて復活したビリーム。交渉は既に諦め、ついでに明日以降の業務地獄も諦めているようだ。

成人の儀まではビリームとエグジムの作業速度は同等だった。これは生まれた時から縫製に関わってるエグジムと、前線で戦い家庭に入ってから本格的に縫製に関わり始めたビリームとの違いだろう。子供は技術と知識の吸収が大人の何倍もスムーズなのだ。


傭兵を引退してから仕立て屋に弟子入りしたビリームとはこの点が大きく異なった。結果、15年の歳月で腕前が同じくらいになってしまったのである。当然の事ながら、商人としてのツテや取引などはビリームの方が優れており、あくまで仕立ての腕という観点のみであるが。


ところが成人の儀の後、エグジムが覚醒した。糸魔法の発現である。これによりエグジムの作業スピードが倍化、続いて精密さもどんどん上がっており、今では職人としての腕ならビリームを凌いでいる。故にエグジムとビリーム、親子2馬力でこれまで回せなかった注文も回せていたのだ。


故にその2人体制が今崩れると……ビリーム1人にしばらくは乗っかってくるわけで。


「なるべく早く、帰ってきてくれよ」


こんな煤けた店主が出来上がったわけで。


「できるだけ注文もやったから、頑張ってくれ……」

「お前もな、王都で頑張れよ」


これからを思ってげっそりしてるビリームと、昨夜まで全開の作業をしていたクマの濃ゆいエグジムが頷き合う。


「なんか認めあってる感、いいな〜」

「えっ君、ちょっと揺れてるけど」

「とりあえず馬車に乗ったらエグジムは少し寝かしましょうか」


そんな男2人を見守る女性陣。

馬車への食糧、野営道具、王都で使う作業用具などなど積み込み出発するまでもう少し。

仕立て屋、アンダーウッドから初めて離れる長距離旅行が今始まる。


「あ、道中訓練もするからね」

「「よろしくお願いします!」」

「あ、はい……」


人が制している街や地域から出ると、盗賊や魔物が跋扈しているこの世界。街から出ないならまだしも、出て移動をするのであれば護衛や武力は必要不可欠。

今回はリタリカやミーファ、レミがいるとはいえ唯一の男の子が守られるだけなのは許せないリタリカお母さん。ビリームを鍛えることを決定。しっかり戦力になるまで扱く予定が組まれていた。


王都まで、推定2週間の旅路。エグジム、ブードキャンプ決定。課題、リタリカの納得する戦力を得る事(ゴールドランク基準)。


ついでに鍛えてもられる事になった上に、依頼達成実績と報酬までもらえる事になった傭兵少女2人はホクホクの様子でやる気満々だが……。


戦闘なんて最近のゴタゴタを乗り越えるまでは縁のなかった寝不足のエグジムから、今後を考え今にも死にそうなため息が漏れるのは仕方ないことかもしれない……。


猫のひげ、男2人の受難が今始まる。






王都ターレンザーグ、上位区画入り口付近。基本的に貴族や王族、それに準じるものしか立ち入れない上位区画の中で例外的に平民も立ち入れる白亜の建造物、神教正教会。正面には人が何十人も行き交えるような白い石造りのアーチ型入り口と、それに続く階段。

上には太陽と月を組み合わせたモチーフが大きくステンドグラスで形作られている。それらが合わさった壮大な雰囲気は一種の神聖さを纏い、神への祈りを求める人々に余す事なく降り注いでいるかのよう。


日毎何十、何百の人が訪れ、神に感謝と願いを捧げる神教の中心地。そんな正教会の奥まった一室で勇者として不本意ながら祝福された男、ダニエルは力無くソファーに腰掛けていた。


「あれから、どのくらいだ?」


憎らしい女神の横顔が浮かんだ手をじっと見る。

その空気はさながら無実の罪で収監された囚人のよう。

教会での祝福事件のあと、何も了解も理解もしていないままに連行されたのが謁見の間。


貴族の息子とはいえ、しがない貧乏領主の三男だ。王どころか上位貴族との謁見すら想定していない。なんなら貴族のマナーも初級編しか必要なかった。場数も踏んでないしろくに学んでもいない。良かったのだそれでも。そろそろ成人する事だし、平民の女子と見合いでもして家庭を築き、実家の家臣として収まろうと思っていたのだから。


年に一度の王の労いがあるだろうって? そんなものは家を継ぐ長男の役目だ。成人の儀なんて無かったらそもそも王都まで来なかったというのに。


ともかく……訳のわからないうちに決行された王との謁見。呼び出された父も泡を食って飛んできて、ダニエルの横につき礼儀礼節を血走った目で指摘してはフォローして大変そうだった。

ダニエルも王を前にして頭真っ白になり大変だった気はするが……はっきりとは覚えていない。

玉座前に跪いた辺りから綺麗に記憶が飛んでおり、気がついたら謁見が終わり教会の控室に座っていたのだ。


王は気さくな人だった……と思う。多分あまり歳はとってなかった。自分の父よりは若かったと思う。

髭は……どうだったか、生えてたような生えてなかったような……つまりはそういうこと。まともに覚えてないのだ、緊張で。

だって仕方がないではないか。完全に想定外だもの。説明も無くぶっつけ本番だったもの。

ただ一つ確かなのは、国王から正式に勇者と認定されてしまった事。そして勇者たるための何かを今後課せられるという事、親父も国王の任命には何も言えず、以上のことが決定事項になった事だ。


怒涛だった、本当に怒涛だった……。


今はどうだろう、何か、いや誰かだったか。ここにくるから待ってるように言われて監禁されている。

唯一ある扉の先、廊下側に2人見張りの気配がする。窓はない。寛いでくださいとは言われてるし、何かあれば申し付けるように言われている。しかし実際に扉の外に出たいと要望してもはぐらかされるし、そもそも扉越しにしか話してもらえない。これは立派な拉致監禁だろう。


「はぁ……」


憎たらしい女神の横顔をつねって歪める。

勝手についた紋章なのに、攻撃したらやはり自分が痛いらしい。自傷の趣味はないので、程なくしてつねるのをやめた。


「はぁ……これからどうすんだ……」


だだっ広い部屋に1人放置。そりゃ独り言も増える。

とりあえず、一つ確かなことがある。


「おれはいつ、飯を食えるんだ……」


時計もない唯々無意味に豪華な部屋の中、時間感覚を失った主人を責めるように、一際大きな腹の音が響き渡った。






ここまでお読みいただきありがとうございます!

明日も更新予定ですので、よければ見にきてください!!

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