第51話 母はスパルタだった。

朝ご飯も食べないまま、所変わって傭兵ギルド。

飲んだくれの多い印象の傭兵だが、彼らの朝は早い。

ギルド職員が7の鐘を鳴らすと同時に張り出す最新の依頼書。それらからなるべく単価が高くて危険の少ない依頼を確保しようと争奪戦となる。

つまり、ギルド開店と同時に雪崩れ込むのが日常の風景なのだ。当然二日酔いなど甘えである。

この日も朝から争奪戦があったのか、ギルドの掲示板は半分ほどが空白となっている。

今も依頼書を選んでいる人が数人いるが、かなり若いか年配かのどちらかだ。


「今日は犬の散歩にするかね」

「いいねぇ。んじゃ俺はウルフでも掃除してくるか」

「おいおい、大丈夫か? こないだ腰を痛めたって言ってたろ」

「なあにそんなに数は相手にせんよ。それに今日は若いのの指導よ」

「おお、そうかそうか。気いつけてな」

「お前もよ、犬にかまれんなよ」

「余計なお世話よ」


がははと笑い合った年配の傭兵二人は、一方は1人でギルドを後にし、もう一人は平服とそう変わらない装備をした若い数人の男女とともにカウンターで依頼受注の手続きをする。

早朝の取り合いが終わった後の、和やかな助け合いの様子。

ギルドの空気が良い証拠と言えるだろう。


そんな和やかな空気が漂うギルド内部に対し、ギルド中庭に併設された訓練場の一角にてエグジムは冷や汗を流していた。


「さあ、いつでもきなさい」


糸を仕込んだ手袋にバトルシザーを右手に構え、相対するは久々に会った母親。

あくまで訓練である……が、母親希望によりガチの武器を使用したものへと相成った今回のもの。

周囲で木製の武器で訓練している傭兵の方々が興味深そうにこちらを見ている。


「エッ君頑張れー」

「ふぁいとー」


いや、美少女二人に応援される見慣れない少年を敵視しているのか。

一部の視線が興味深いというには、やや棘が多かった。怨敵を見るようだ。

そのほかのものは、エグジムを見るものとリタリカを見るものが半分半分。


「おいあれ……」

「まさか氷雪の?」

「え、お姉さま!!」

「あの少年は誰だ??」


ここでも分かる母の有名具合。お姉さまって何だと息子の立場としてはツッコミたい。

あの少年? いまから母にしごかれる予定の哀れな息子ですよ。

そんな有名人母は木製の簡易的な盾を装備している。

剣などの刃物は無い。実践でも盾のみを装備したスタイルが母の常らしい。


「来いって言われても……」

「どうしたの? こないの??」

「いや俺仕立て屋よ? 剣の使い方なんて知らないよ?」

「そんなもの使ってるうちに慣れるのよ。来ないならちょっと悪戯しようかしら、ね」


ぞくり……と背筋に悪寒が走る。


「っ……!!」


咄嗟に少し離れた地面へ糸を突き刺し、手繰り寄せることでその場から跳躍する。

一瞬後、リタリカの振り下ろした盾がエグジムが居た地面を強打し、盛大に土埃が舞った。


「あら、いい動きね」


揺らりと土煙の中で立ち上がるリタリカ。

ボコリとすごい音をたてて地面から持ち上げられた盾。その着弾地点はまるで巨石でも落ちてきたかのように陥没している。


「え、盾ってそんな感じだっけ!?」

「ええ、そうですよ? 盾は打撃武器です」


エグジムの視界の端で大きな盾を持った傭兵のお兄さんが首を横に振っていた。


「ほら、反撃しないと大変よ?」


少し身を引くし、一気にエグジムとの距離を詰めてきたリタリカ。

前面に構えた盾がエグジムを弾き飛ばさんと迫るのに対し、咄嗟にバトルシザーを横に構えて防ぐ。


「あら、それはだめね」


あきれたような母の声。エグジムは着弾後一瞬で腕の力が負け、武器ごと自分が後方に飛ばされたことを知った。

受け身も取れないまま背中から地面に落ち、数回転してようやく止まる。

衝撃で手から離れた武器が地面に刺さり、リタリカが引き抜いてエグジムへと放った。


「仕方ないけれど、もう少しちゃんと扱えるようにしないと不安ね……特訓思いついて良かったわ~」

「いった……母さんちょっと手加減してよ」

「ん? 手加減しかしてないわよ?」

「え?」

「ほら次よ次。立って構えて」


聞き返す前に再度の促しをされ、なんとか立ち上がってバトルシザーを構える。


「うん。その武器は片手剣のサイズだから本来は右手だけでいいんだけど……ハサミだから……ちょっと色々と使い方を考えなきゃダメそうね。二人も気が付いたら教えて」


親子の一方的な訓練を見ていたミーファとレミ。

まさかの大先輩からの要請に焦りだす。


「ちょっと……私たちがなんて恐れ多い」

「意見なんてそんな」

「いいのよ。見方は人それぞれなんだから。遠慮せず……ね?」


会話の途切れた瞬間に、言うが早いかまたエグジムを襲う盾の振り下ろし。

それを左手からの糸で移動することで交わしたエグジムだったが、着地した瞬間に目と鼻の先へと盾が迫ってきているのを認識した。

咄嗟に防御……ではなく、糸による攻撃で迎撃行動をとる。

地面に固定した糸を外すのではなく、地面ごと一部切り取ってモーニングスターのごとく盾へと土塊を叩きつける。


「ふふっ、さっきよりはいいわ……でもまだ足りないわね」

「だったら!!」


左の五指から糸を放ち、リタリカの背後の地面へと固定。そのまま仮止めをするように地面と盾を縫い合わせて固定する。

土塊を正面から受けても止まらなかったリタリカの突撃が、ここまでしてようやく止まった。

おおっ、と周囲の傭兵から声が上がる。いつの間にか観客が出来ていたらしい。


「はぁ……はぁ……どうだ!」


たったこれだけの攻防だが、エグジムはかなりの体力を消耗していた。

対して防がれたリタリカは面白そうに盾を左右に振り回す。

その動作だけで固定していた糸が虚しく砕けて消えていく。


「ポイズンスパイダーの糸を、千切るんじゃなくて砕く……?」

「要所だけ凍らせれば簡単よ? 今度氷の魔法も教えてあげるわね。にしても糸はかなり使い慣れてそう……対して剣はほぼ飾り……と。せっかくガンドの作品なのにもったいないわ」

「剣なんて習ったことないから」

「そんなもの慣れよ。そもそも剣みたいなハサミなんて、そんなもの扱う傭兵なんて知る限りいないから。誰かからそのものの使い方を学ぶなんてあまり現実的じゃないわ」

「んじゃ慣れるしかないと」

「そういう事ね、どんどんいこうか。あ、ちなみに糸は禁止にします。武器の扱いを慣れましょ」

「え、ちょ」

「んじゃ行くわよー--」


横薙ぎに振るわれた盾に飛ばされ、宙を舞うエグジム。

糸が禁止されると、エグジムはただの平民。ゴールドランクにとっては玩具にすらならない。


「もっとしっかり剣構えないと」

「ちょ、まって避けられな……」

「ほらほら、しっかり斬る瞬間には握りこむ。相手が固いと負けちゃうよ?」

「今の母さんみたいにね! 斬ったの俺のはずなのに手が……」

「よそ見しない」

「手くらい見せ……ぐほはっ!」


その後昼の鐘がなるまで母による教育的指導は続いた。

ここ最近では一番ボロボロになり店に帰った息子を見て、ビリームが優しく背を叩いたとか。

結果としては、剣を握ること、弾かれないようにしっかりと握ること。何より、強者に対して生き残ることをしっかりと教え込まれる事に。


「まだ基礎の基礎って感じね……でも糸もあるし、根詰めすぎもよくないし、これで終わりにしようか」

「ふぅ……死ぬ」

「今日のところは」

「へっ!?」


まだエグジムの受難は終わっていなかったようで。

さらに昼食を食べる前に、リタリカはエグジムに追撃を仕掛けてきたのだ。


「あっ、今回の王都への移動に護衛つけたからね。ミーファちゃんとレミちゃんを指名で。

変なことしたらダメよエグジム。一応剣を教えてもらうようにお願いしておいたから」

「よろしくー」

「よろしく」

「ははは……手加減してね?」


母から「移動中も特訓よ」と言われ、急速に行きたくなくなったエグジムだった。








ここまでお読みいただきありがとうございます。

やっと更新できました。

仕事で尽き果てて書けない日が続き……

また頑張って更新していきますので、どうか見捨てないでお願い致します……

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