新米勇者とゴブリンの魔王

第48話 間話 勇者様と呼ばれましても

ダニエル・エドマリスは下級貴族の息子である。

地方領主の三男に生まれ、無欲な両親と家族思いな兄たちに囲まれ、それなりに幸せに暮らしていた。


エドマリス領は言ってしまえば超のつくど田舎だ。

長男は父について統治を学び、次男は長男をサポートする為に剣術や勉学に励んでいたが、三男たるダニエルは軽い勉強くらいで、あとは山に入り狩などして食卓を潤していた。


そんな生活をしていれば上2人の兄とダニエルの間に差は生まれるばかりだが、兄たちは偉ぶるどころかダニエルの自由さを羨み、隙を見ては一緒に狩りに行ったりしていた。父親も多少は見逃していたのだろう。兄弟仲はすこぶる良好と言ってよかった。

母も妹もそれぞれ役目をこなしつつ、そんな男衆を微笑ましそうに見守る。エドマリス家は貴族でありながら、その実平民の村長みたいな暖かな家庭を築いていた。


故にダニエルは家を継げない三男の立場で悲観することもなく、将来は領民の女子を嫁にし、家臣として兄2人を支える道を違和感なく選ぼうかと思っていたのだ。


成人の儀までは。


この年、成人の儀を受けるため、ダニエルは何故か王都の教会にて礼拝に参列していた。

エドマリス家は田舎とはいえ、魔物が多く良質な魔石が取れる産地と言われていた。故に傭兵ギルドも比較的大きなものが備えられ、増えた傭兵を取り締まるため領兵も精強なものが揃っている。いわば辺境の勇と言える貴族家だった。

王都としてもエドマリス領は魔物の侵攻を食い止める防波堤のようなものであり、そういう護国の貴族に対して年に1度は王都に招聘して直々に労いをかけることを、この王国は1つの習わしとしていた。

……とはいえども、時期などしっかりと決まっているわけではない。それぞれ貴族の都合と王家の都合が合った日取りで挨拶に行く形に落ち着いていたのだ。一重にお互いの多忙さと、王都までの距離が長い故に。


そのような訳でエドマリス家も魔物の大規模な間引きが行われた時期を見計らい、王都に挨拶にきた訳だが……それが丁度成人の儀と重なるからという理由で「折角だからデカい教会で受けてこい」となった訳である。


ダニエルは礼拝が嫌いだ。

神に祈る、信じるだけで救われるなら、この世から不幸なんてものは綺麗に消えてしまってるだろう。

だがしかし、成人の儀は受けとけというから仕方がない。

ぶっちゃけ、魔法能力の発露は必須ではないのだ。なんせ発露しない人もいるのだから。

加えてここで発露するのは固有の、才能に則った魔法能力である。簡単な、それこそ生活に使う着火の魔法くらいであれば成人の儀で才能発露しなくても訓練すれば使えるようになるのだ。

実際にダニエルも母から習い、キャンプでは焚き火の着火に魔法を使っていた。

さらにダニエルは剣が得意で槍も斧もそれなりに熟している。魔法に対する執着はない。

機会があれば、領地にある古びた教会の人のいい神父と茶菓子でも摘みながら観て貰えば良いかなくらいに考えていたのだ。

重ねるが、ダニエルは礼拝が嫌いだ。

貴族である以上口に出せはしないが、信仰心などカケラほどもない。

故に礼拝なんてものは眠気との戦いでしかなかった。

やけに豪華な服を着た司祭が真鍮の如き輝きを放つハゲでなければ、きっと健やかに寝ていただろう。

きらりと光った頭部に鼻くそほじる悪ガキが映り込む。俺でなきゃ見逃していたね……。

頭の中でハゲ司祭の頭部に色々なカツラを合成する遊びがダニエルの意識を繋いでいた。


それがいけなかったか。


「次の者」

「んぁ? モヒカン?」


次に合成しようと思ってたヘアースタイルが返事代わりに出てしまった。周りは皆キョトンとしてる。慌てて取り繕うと席を立って一礼した。


「前へ出なさい」

「あ、はい……」


司祭は特に何も言わず壇上へと誘う。

それにしても豪華な建造物だ。席から続く通路も、祭壇も、司祭の元へ行く階段も。高級な物であるのが一眼でわかってしまう。

こんな所に寄付を使うくらいなら、もっと使うところあるだろう。元々ない信仰心がマイナスに埋もれていく。


「ここで祈りを捧げなさい」

「はーい」


なんかぼーっと見ていたので分かるが、ここから数秒のお言葉と共になんか少し光り、終わりって感じらしい。もう流れ作業だ。

人数的にそうでもしなければ捌けないのだろう。

祈祷した人は席に戻って祈るか、帰るか。

もう帰る一択だな。


「神よ、この者に祝福を」


これで、この一言で終わり。

これだけでお布施が貴族から入るのだから、さぞ美味い商売だろう。

そんな事を思っていると、いきなり視界が埋め尽くされるような光に照らされ、続いて右手の甲に焼けるような痛みが走った。


「ああぁぁぁぁ!!」


たまらず叫ぶが、司祭は驚愕の声を漏らすのみ。


「ま、まさか……この方が!?」

「いいっだ……ふぅ……」


光も痛みも唐突に治まり、場に静寂が戻る。

この数秒でビッシャリとかいた汗を袖で拭い、かなりの痛みがあった右手の甲を見下ろすと、そこには赤い十字の紋様が浮かんでいた。

礼拝に来る前は無かったものだ。

なんだこれ……と思い見つめるダニエル。

そんな彼の肩を司祭ががっしりと掴み、大声で宣言したのだ。


「ここに、勇者が誕生した!!!」


続いて壁際のシスターや親父が、口々に神への祝福を唱え始める。


「勇者???」


なんのことだが分からない。

正直怖くなってきたから帰りたい。でも帰れない。

司祭の指が離れない。ご老体、どこにそんな力が。


「さあ! こうしてはおれん! 国王様に連絡を!! 勇者が降臨したぞ!!!」

「は、え、ええぇぇぇぇえ!!??」


気がついたら周りを聖騎士に囲まれ、まるで連行されるようにして馬車に乗せられるダニエル。

どうしてこうなった。

ついでに、そう、ほんのついでのつもりだったのだ。

なんなら午後から少ない小遣いを溜めた財布を持って、王都の屋台巡りを楽しみに計画していたのだ。

帰る気、満々だったのだ。


「さあ勇者様!」

「勇者様!」

「王宮に着きましたぞ勇者様!」

「国王も待っておりますぞ勇者様!!」


時は平和の裏側が徐々に綻ぶ時代。

人々の見えないところで魔族の暗躍は進み、一部貴族はその鎮圧に当たる。そんな中で降り立った勇者。

王宮は沸き立っていた。

ただ1人を除いて。


「帰りたい………」


勇者になるなんて……人生計画に入ってすらいない珍事に見舞われた青年は、そう1人呟いて屋台への憧れに蓋をしたのだった。


「お腹すいた……」


青年は讃辞よりも飯を求めていたのだった……。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

宣言したのに日付変わってしまった……最近続いてる、申し訳ない……

次は明後日には更新します!


ここから2章開幕です。

またどんどんお付き合いください!

評価、ブクマ、待ってます!!

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