第49話 父の抵抗はいつも虚しい
「リタリカ……嘘だと言ってくれ……」
「いいえ。本気よ?」
「そんな……考え直してくれないか」
「だめ、もう決めたもの」
一応言っておく。離婚話ではない。
なんなら2人ともベタベタと引っ付いており、息子であるエグジムは真剣にミリリのところにでも避難を考えているくらいだ。
両親仲がいいのは良きことだが、年頃の息子としてはキツいのだ、こう、色々と。
……そのうち兄弟増えてないだろうな。
「何故だ……何故なんだリタリカ」
「ごめんなさい……分かってちょうだい……」
台所に行ってお湯を沸かし、シューインからお裾分けしてもらった紅茶をポットに入れて少し冷ました湯を注ぐ。
ポットの中で茶葉が踊るのが美味しさのコツだ。
「くっ……これも試練なのか……」――
コポコポコポ……と琥珀のような液体をカップに注ぐと、途端に漂う芳醇な香り。一度口に含むともう、周りのことなんか忘れさせてくれる。
さて、落ち着いたところで状況整理だ。
まだ開店前の店内、店の中で準備もそこそこに繰り広げられてる茶番劇だが、これは言ってしまえばシンプルな理由に行きつくのだ。つまりは……。
「エグジムを……王都に連れてくなんて……」
ということである。
「仕方ないの……。王都で大きなイベントがあってね、その場で微調整できる職人が必要なのよ……」
「だからって……だからって!!」
ダン! ……と床を叩いて慟哭するビリーム。
余談だがリタリカは全く、そう全く裁縫ができない。というより手先が絶望的に不器用なのだ。料理も母の味など期待するべきでは無い。エグジムに「母の手料理」と言ったら「え、殺す気……?」と本気で返すだろう。その位のレベルなのだ。
リタリカが出来るのは、戦闘と交渉のみ。
針仕事は、もうからっきしだ。その辺の子供の方がうまい。本人もそれをよく分かってるからエグジムを取りに来たのだろう。仕事用具を取りに家に帰ってくるような気軽さで。
エグジムとしても別に否はない。なんなら王都に行くのは旅行感覚で楽しみでもある。平民は普通、店を構える職人系の商人だったり農民だったりすると、ほぼ同じ土地から動くことは無いのだから。
行商人や傭兵などなら色々な土地を回ることになるだろうが、そもそもエグジムに都市外へ外出する用事がないのだ。
仕入れはギルドや付き合いのある問屋に依頼する、もしくは森に取りに行けば済む話だし(森も都市外だとは言ってはいけない)。
ゆえにエグジムとしてはワクワクしているのだが……問題はビリームだ。
現状、仕立て屋「猫のヒゲ」は親子二人で回している。
リタリカは営業という役割の元、傭兵家業を半分やりながら輸送専門の魔道具を使って服を持ち運んではいろいろなところに売り、
顧客を捕まえて帰ってきている。
これが故に時たま都市外からお客さんが来ることもあるのだが……。ともかく。
店舗業務は二人で仔細なく回せるボリュームであるのだ。
それなりに忙しくあり、でも無理は少なく親子二人の営業体制(繁忙期には修羅場になるが)。
そして今現在、繁忙期は何とか抜けている……本来ならば一息つける頃合いだ。
ここまではいい。
問題はこれをリタリカも把握しているということ。
ゆえにエグジムを連れていくことに躊躇いはない。
しかし、ビリームとしては切実に阻止したい案件なのだ。
なぜならば……親子二人で適量ということは、一人になれば忙殺されるということだから。
1人でもなんとか回せる、これがいけない。
ビリーム自身の責任感故、やれるなら店を開けてしまうし……何よりリタリカが店を回せることを知っている。
彼女は鬼ではない……しかしスパルタだ。
全力でやってやれるなら、ためらいなくやらせる人だ。
それを夫たるビリームは知っていた。
ゆえに阻止したいのだ。自分の安寧のために。
しかし悲しいかな、夫の意見は妻には勝てないのだ。
「これは決めたことです。申し訳ないけど……一人で暫くお願いね」
「……はい」
シュンとするビリーム。
ここに夫婦の決着はついたのだった。
勝敗の見えていたエグジムは、一人机に向かって仕事にいそしんでいる。
紅茶はポッドの中まで飲み干されていた。
「ただいまー」
「戻りましたー」
アンダーウッドの街が茜色に染まるころ、最近聞きなれた声が店内に響く。
エグジムが作業スペースから顔を出すと、汚れた装備を来たミーファとレミが何か大きめの袋を担いで
帰ってきたところだった。
「おかえりなさい。ずいぶん汚れましたね」
「ボアを狩ってたからね。追いかけまわしてこの感じよ」
「だいぶ転んだしね」
ボアは猪が魔物化したもので、足場のおぼつかないエリアを好み、不安定な環境にも関わらずに強力な
突進攻撃を仕掛けてくることで有名だった。むしろ攻撃が突撃のみしかないうえに、やたら好戦的。
馬車に轢かれるのよりも派手に轢かれる魔物として有名だ。
扱いとしては一応動物よりもランクがひとつ上、魔物としては下位に分類されるため初心者向けとの建前だが、
正直な話中級でも嫌がる相手である。このボアの突撃を受けて宙を舞う哀れな新人が一種の名物にもなっているのだ。
(ちなみにボアの攻撃力はそれほど高くない。飛ばされる光景が派手なだけだ)
装備の汚れ具合を見るに、転んだと言いつつ二人も景気よく飛ばされたのだろう。
ボアの肉は猪よりも旨味があるので需要は高い。二人には悪いが、このお土産は有難い。
もっと飛んで定期的に納品してもらいたいくらいだ。
「解体はもう済んでるよ。はぁー--おなか減った」
「エッ君、おじさんは?」
「もう閉店だから今からご飯の用意するね、親父は……実はね」
少し言いにくそうなエグジム。そこでタイミングがいいのか二階からツヤツヤしたリタリカと、色素の抜けた
ビリームが連れ立って降りてきた。入り口にいた二人はそんなリタリカたちを見て固まってしまっている。
「あら、エグジムその方たちは?」
「えーと、ほら、うちに今下宿しているって話した……」
「「まさか氷雪のリタリカ様!?」」
首をかしげる母に、なぜか声をそろえて驚愕する二人。
エグジムも最近聞いた名前が二人から出てきて困惑が隠せない。
「えーと、母さん……もしかして有名人?」
「あらあら、恥ずかしいわ」
片手をほほに充てて微笑む母。
そんな二人の会話に目をカッと開けたミーシャとレミが、ガッとエグジムの肩を鷲掴みにした。
「「母さんってどういうこと!?」」
鬼気迫るとはこういうことを言うのか……。
状況が把握できないエグジムは、ただ困惑して愛想笑いを浮かべるしか出来ないのだった。
最近不定期になりすいません。
体調崩したり、会社のゴタゴタに巻き込まれたりして余裕ありませんでした……。
更新はなんとか続けたいと思いますので、見捨てずに読んでくだされば幸いです。
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