第47話 お帰り!いってきます!(連行)

森を横手に長閑な農道。

公益都市アンダーウッドに続く、馬車が一台通れるくらいの道を、数々の商品と鼻歌を歌う美女を積んだ荷馬車がのんびりと進んでいた。


「おい姉さん! その歌なんだい?」


異性のいい声で美女に問いかけるのは、御者兼商人の男。

この馬車も男の商品が満載してあり、アンダーウッドで大きく商売をしようと意気込んでいた。

故に故郷から自慢の品々を詰め込めるだけ積んで来たのだが……男は気がついてしまった。いや、気が付かなかったと言うべきか。

商品仕入れ、旅費、消耗費。それらを考えるともう、使えるお金があまり残っていない事に。


商売というものは生半可ではない。

時節、商流、物価、需要。それらを読みつつ商売の計画を立てていくわけだが、見るべきはそれだけでは無い。

現地までの移動のルート、宿泊日数、所要時間、そして護衛を雇う予算の確保。


交易路というのは安全地帯ではない。

むしろカモがネギを背負ったが如く、無力な商人が価値の高い品々や現金をたっぷり積んでやってくる荷馬車は、盗賊たちにとっては垂涎ものの貯金箱でしかない。

襲わない方が失礼というものだ……なんて馬鹿を言うやつも出てくるほど。

つまりそれだけ、交易には危険が溢れてるのだ。

勿論、犯罪者だけでなく魔物もいる。

商人1人では朝日も拝めないだろう。無事の目的地到着なんて無理じゃなかろうか。

数々の危険から身を守るための護衛が必要なのだ。


護衛の人員といえど、誰でもいいわけではない。

いざという時に守ってくれる人員、言い換えれば自分のそばに武装した他人を置くことを意味する。

もし、その人物が裏切ったなら。

もし、最初から積み荷が目的だったなら。

道中で商人の財を奪う方に傾いたなら。

雇った商人は財宝どころか、命すら諦めなければいけない羽目になるだろう。

雇わないのも命懸け、雇うのも命懸け。

故に商人は「傭兵ギルド」に頼ることが殆どだ。

ギルドを経由すれば多少割高になるが、その代わりに傭兵の信用度をギルドに保証してもらえる。

ギルドに所属する傭兵はギルドの斡旋仕事に対して、信用を損ねる真似をした場合、その後の仕事を回してもらいにくくなるどころか、場合によってはギルドから処断されてしまう。

加えてギルドでは傭兵の実力や信用度をランクで表記する形式をとっており、単純に高ランクの傭兵はそれだけ信用度も高いという事になるので選びやすいというのもギルドが利用される所以だ。


話は戻る。

男は商品を仕入れて馬車もしっかりと整備した。しかしそれ以上の出資余力が無くなっていた。

勿論ゼロではないが、ギルド経由で依頼するほどの金額は用意できなかったのだ。

男は頭を抱えた。ギルド併設の酒場で。

キープしていた安物ボトルを開けながら、マスターに現状を愚痴りつつ困り果てていた。

その時に紹介をされたのだ、彼女を。


「アンダーウッドまで行くのですか? 馬車への相乗りと道中の宿をお願いできるなら露払いしますよ?」


酒場のカウンター席で一個開けて隣に座った女性。白い髪に華奢な体、傍には彼女の体をすっぽりと覆えそうな程の、棺型をした大楯。それ以外は某桑らしい防具もなく、動きやすそうなパンツスタイルの美人からの申し出。マスターを見ると「運が良かったな」とばかりに頷いている。


「失礼ですが、貴女は?」

「私はリタリカと申します。一応ゴールドの傭兵してます魔術師です」

「ゴールド!?」


ゴールド。それは実力も信用もトップの傭兵につけられたランク。もう申し分ないどころの話ではない。

男はこの申し出に秒で飛びついた。何度も「移動と宿だけですね!?」と確認しつつ。

話の中で食事と今飲んでいるキープボトルの酒も要求されたが些細な事だ。本当に微々たるものだ。

こうして男は棚ぼた的に優良な護衛を迎える事に成功したのだが……。


アンダーウッドまでの道中をほぼ制覇した現在、当時の幸運を嫌と言うほど神に感謝しまくってる男がいた。


「平和ですね〜ふふふん♪」


荷馬車の後ろに座り、地面に届かない足をぷらぷらしながら鼻歌を歌う彼女。

美人だし、初対面なら「もしかして……」というラブの目論見すらあったのだが、今となっては頼もしさしか感じない。


「道中もう少しです。姉さん頼みますよ」

「任されました」


御者台へ向けてにっこりと微笑む彼女。

その肩越しに見える通過した道には……ウルフやホーク系の魔物が何体も、今はそこにない馬車へと飛びかかった姿勢のまま氷像となって転がっていた。


「ふふふ、旦那様に愛息子。元気にしてますかね」


美女は鼻歌を歌う。

まるで障害など何もなかったかのように。





「これで、終わりですね」


アンダーウッド中心部、エルフィン伯爵邸、縫製室。

採寸通り、注文通りの仕上げを施した衣装を本人に試着してもらい、しばらく動いてもらった上で違和感のある場所を割り出して修正。

シュバルドも忙しい身、エグジムも糸魔術を遠慮なく駆使して短時間かつクオリティにも気を使い修正を施す。

そして今、全ての修正が完了したのだ。


「凄いな……まるで衣装に邪魔されない。部屋着よりも動きやすいかもしれん」


感嘆の声をあげ、シュバルドが自身の体を見下ろす。

メイドさんが用意した姿見に写った自分を見て、その場で簡単に体を動かし、満足げに頷きひとつ。


「いい腕だ。ユーリに言われた時はビリームを呼ぼうかと思っていたが、十分な仕事をしてくれたね」

「ありがとうございます」


深々と頭を下げると、大きくも優しい手が頭に乗せられ、そのまま少し乱暴に撫でられた。


「あの子がこんな立派にな……感慨深いものがあるな」

「伯爵様?」

「いやなに。エグジム君の小さい時、というか生まれた時から私は君を知っているのだよ。なんせ友人の息子だ、1番に祝いに行ったさ。それからは、なんだかんだと会えてなかったが……いや、立派になった」


頭を撫でるシュバルドは、恐れ多いかもしれないが、まるで子を見る父のような眼差しをしており、何とも気恥ずかしい。


「この短期間に息子も娘も……妻の分までも仕上げてくれて感謝する。良い仕事だった」

「ありがとうございます。こんな良い仕事場でやらせてもらって、私こそ良い経験でした」

「はっはっは。こんな場所でよければ何時でも来たまえ。もしかしたら本当に息子になるかも……なるかもしれ……ない……しさ」


ちらっ、ちらっとセリフの途中で右横を見るシュバルド。

そこには怖い笑顔のユーリさんが。


「ふふっ。お仕置きならしませんよ、お父様」

「お、おぉ……それは有難…………」

「今お仕置きすると、せっかくエグジムが仕上げた服が汚れるでしょ?」


つまりは脱いだらやるということ。

エグジムは伯爵の今後に合掌しつつ、エルフィン邸を後にした。背後でガラスの割れる音、男の悲鳴、落下音が聞こえたが、きっと気のせいに違いない。




ビリーム倒れ事件のあと。いや正確にはユーリの魔法で意識を刈り取られたのだが……。

何故かモジモジするユーリをシューインに引き取ってもらい、数日は店で作業しつつ、仕上げの2日だけエルフィン家の縫製室を借り、注文分を全部仕上げたのが今日。

いつものように店の前に馬車をつけてもらい、送ってくれたシューインに一礼して店に入ろうとするが……なんか今日はいつもの雰囲気が違った。

なんか、どこか浮き足立ってると言うか。


「では私はここで」

「あ、ありがとうございました」


お互いに一礼して馬車を見送り、見えなくなったところで店に入るが……突如として視界が暗闇へと反転した。

それだけじゃなく、顔面を包み込む、柔らかな感触。

抱きつかれた、と思った時にはすでに店へと引き摺り込まれていた。


「エグジムただいま。良い子にしてた?」


豊満な胸。ゆったりしつつも芯の通った声。

この声にエグジムはとても覚えがあった。

だってそれは。


「おかえり母さん。また良い商談できた?」

「もちろん! 任せて」


アンダーウッドを超えて服を売り捌く、猫のひげ営業担当である母親の声だったのだから。

家族限定の抱きつき魔である母は、捕まるとほぼ脱出できない。故にエグジムはその姿勢のまま帰宅した母と会話しようとしたのだが、その前に母親から爆弾が落とされる事になった。


「エグジム、今度お母さんと王都に行きましょう? 販売促進のチャンスがあってね、職人も必要なんだ」

「は?」

「来るよね?」


この家で、母の言葉は絶対である。


「はい」


なんで? どうして? どんな流れで? 内容は?

そんな問いが頭の中では渦巻くが、現実のエグジムはまず王都行きを受け入れることから始めなくてはならなかった。










ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

社畜の休日出勤がかさみ、昨日更新無理でした、すいません。

次回更新は4/6目標にがんばります。

みなさんも、残業などには気をつけて……

評価、ブクマくれると励みになります。


あーーー。日本酒美味しい……

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