第46話 親父✖️お嬢 暴走
行方不明事件から10日。
街は今日も活気に満ち溢れている。
事件の跡を引きずるのも翌日まで、それ以降は通常営業を再開しており、攫われていた他の平民男女も半数ほどは元気に家の手伝いをしていた。
何とも逞しいことである。
傭兵家業も平常運転に戻っており、ギルドもとても賑やかになっているらしい。と、レミとミーシャが張り切りながら言っていた。
さて、そんな現状のアンダーウッドだが、1人死に体の人物がいた。
「今日はこれと、この帽子と、この上着と……」
ぶつぶつ呟きながらも、しっかりと商品を作り上げて包装していく筋肉質の男性。
仕立て屋「猫のひげ」店主たるビリームである。
ここ最近自分の仕事仲間にして最近特に重要な戦力となっている息子、エグジムが午後から出かけてしまうのだ。
『エグジム様、迎えに上がりました』
自宅兼店舗に馬車を横付けし、澄ました顔で一例する執事の何たる憎らしいことか。
『ごめん、伯爵様の急ぎの仕事だから仕方ないんだ、うん』
口では仕方ないと言いつつも、その実ウキウキと出かける息子を見送る虚しさよ。
シュバルドよ、あの悪友よ。息子に何を吹き込んだ。
何をもって抱き込んだのだ。
金か? 美味いものか? それとも他のものか?
どれもあり得そうで困る。
金は金で喜ぶだろうし、美味いものは素直に好きだ。それに上等な布地などの素材を渡されても喜ぶだろう。そういう息子だ、エグジムは。
貰えるものは貰っとけと、教えたのは自分と妻なので……あまり強くは言えないのだが。
「店主さん、頼んでたもの」
「ああはい、この帽子ですね」
1人の店番って、こんな静かだっけ?
ここ数年はずっとエグジムと2人でか、妻も入れた3人で回すことがほぼだったため、1人の感覚を忘れたようだ。
若くも派手な女性が帽子を受け取りさっていくのを見送り、またビリームは別の作業に移る。
こういう時、ミーファかレミがいてくれたら、少しは賑やかになるのだろうか。
ん? ミーファ、レミ?
「まさか……シュバルドよ、まさか! 色仕掛けでも仕掛けたのか!?」
とうとう息子にも春が!?
「いや待て落ち着けビリーム。そうなったら相手は誰だ? 使用人の誰かとくっつけたか? たしかに奴のところのメイドさんはレベルが高かった……だが、あの息子がそんな……引っかかるか? いや引っかけれるか? ミリリちゃんの気持ちにすら気がつかないバカもとい鈍感だぞ?」
何かしらのアピールならスルーされる可能性が大きい。なにせ自分はモテないと思っている奴だ。たとえ恋愛的にアピールしても「親切」だとか「手助け」としか思わないだろう。それじゃ
と……なると、残るは直接的な色仕掛け。
超えちゃう大人の階段。
「まさか、まさか俺がおじいちゃん!?」
それならそうと言えばいいのに!
気の抜けていた針を持つ手に力がこもる。
この自分がおじいちゃん!
初孫は男か女か、どっちも天使しか生まれん。確信がある。
孫ができたらどうしよう、まずはそうだな……いや、そう自分にできることあるじゃないか!
「ただいまー」
「おうエグジム! ちょっとコレとコレ、どっちの色が孫に合うかな?」
「親父?」
玄関を開けたまま固まっているエグジム。どうやら戸惑いを隠せない様子。安心しろ息子よ、父は味方だぞ。
「そうだな、気が早かったな。まずは着心地の良い肌着とオムツだよな! そこに気がつくなんてもう一端の父親だな息子よ!」
「親父!?」
エグジムの背後から「どうしたの?」と顔を覗かせるユーリ。なんだもう連れてきていたのか。
「ユーリちゃん! いや義娘よ! 頼りない奴だが末永く仲良くしてやってくれ!! そして孫は男か、女か!?」
「おじさま!?」
「親父何言ってんの!?」
「ユーリちゃん是非にお義父様とぶっふぁ!!」
水臭くも玄関口から入ってこない、親友に似た美貌を持つ愛しの義娘に駆け寄ろうとしたところで、何か砂色の大きな塊が眼前に。
直後、全身を打つ強烈な衝撃に揉まれ、ビリームは長く覚醒した意識を青く澄んだ空の果てへ飛ばしたのだった。
「この親父は何をトチ狂って……ああ、ダメだ。これは二徹の目だ……」
ユーリの放った砂の拳に吹っ飛ばされ、なんかいい笑顔で気絶したビリーム。その目の下には立派なクマがくっきりと。
時々修羅場を経験するエグジム親子は、目の下のクマでおおよその徹夜日数を測ることができる稀有な能力を持っていた。
「目でわかるのですね……」
シューインが少し引いている。
「ええ。最近あの縫製室が楽しくて、すこーし店を放置しすぎましたね。残りは仕上げくらいですし、明日からはここで作業します」
「分かりました。一式を運ばせますね」
「お願いします」
一礼して馬車へと戻るシューインを見えなくなるまで見送り、店に戻ってビリームをソファーに投げ込む。
そうエグジム、あの豪華な縫製室が楽しくて、ここ数日午後はエルフィン家に入り浸っていたのだ。
エルフィン家としても好都合でシュバルドの注文に加えて家族分の礼服を発注し、さらには気分転換とばかりに伯爵家のカーテンなど備品まで修繕を行っていた。
おかげで利益はかなりのものであり、仕立て屋としても上出来な売上を記録している。
どっちもWin &Winな関係だったはずだ。
ただ1人、店を孤独に回転させるビリーム以外は。
「よし、親父も寝たし、こっからは俺が回すぞ〜」
腕まくりをして伝票などを確認する。
予約は半分以上完成しており、今日の分は何とかなりそうだ。明日引き取り予定のものが少し仕上げとして残っている。優先はこれか。
すでに包装されているものを先出しし、まだ未梱包のものを整えていく。
「すいませーん」
と、そうこうしているうちに、カランカランとカウベルの音が鳴り来客を教えてくれる。入り口を見ればまだお若い女性が店内に入ってきていた。何度もお会いしたことのある常連さんだ。
「あ、はーい!」
包装していた手を止めて返事をし、既にビリームが整えていた包みを手に駆け寄る。
「予約していた物ですけど」
「コレですね。しっかりとほつれの修復はしておきましたよ」
包の中身はロングのスカート。
確か彼女の旦那さんが結婚前にプレゼントした物だったかと思う。
「ありがとー! また着れるわね」
「大事にしたいですよね、思い出の品は」
「そうそう。またデート行かなきゃ」
商店街でも有名なおしどり夫婦は現在のようだ。
ちなみに彼女の夫は商店街ほど近くで駐在している兵士だったりする。以前の誘拐事件の時も最後らへんでゴブリンと交戦していた。
「にしても最近忙しそうじゃない? エグジム君も見なかったし、ビリームさんは大変そうだしで」
「あはは、立て込んでて」
一応領主様からの仕事だが、実態は贅沢な作業環境にハッスルしていただけなので、どこか気まずい。
誤魔化し笑いで流そうとするが、彼女は心配そうな顔から一転し、揶揄うような笑顔で言った。
「まあ、そうみたいねぇ〜。そんな可愛い彼女を連れ込んでるくらいだしね」
「え?」
彼女が指差す先は先ほどビリームを転がしたソファーあたり。いや、そこには二徹して寝落ちしてる疲れたオッサンしかいないはず……。だったが。
「ええ……と、あれ? 私が……ふみゅ……」
「え……えぇぇぇぇ!? え、いるし!? 何故に!? シューインさんと帰ったんじゃなかったの!?」
何故か、エグジムの送迎について来ただけのお嬢様が未だに滞在し……加えてこっちの声が届いてない感じで、頬に手を当て視点を彷徨わせつつ、時折悶絶しては何かをブツブツと呟いている光景が……。
「ふふっ、青春ね」
「これそうなの!? 青春!?」
スカートの入った包みを抱え、グッドラックと親指を立てるお客様に対して現実逃避気味に突っ込むエグジムだった。
すいません!!
1日中の更新ができませんでした!!
なんか書いてるうちに「これ区切りどうしよう……」ってなって、煮詰まり…
はい、言い訳です。申し訳ねぇ…
次回更新は4/3です!
これで今回の章も終わるはず?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます