第45話 追うもの、追われるもの

「隊長、準備整いました」

「ああ。全体に伝達……狩りを始めるぞ」


エグジムが裁縫室で楽しんでいるそのころ。

アンダーウッド西に位置する森では戦端が開かれようとしていた。

挑むはエルフィン伯爵私兵。オルフェリアを隊長とする親衛隊。

対するは野生の魔物と、それをうまく利用するゴブリンたち。


「総員、抜刀」

「「「応!」」」


親衛隊。またの名を「抜刀隊」。

全員が身体強化と剣技を主体とする魔術に特化した、いわば剣豪部隊。

わずか15名しかいない隊だが、その戦闘力は国でも上部に位置する。


「ぐぎゃぎゃぎゃ!」

「炎剣”凪”!」

「氷剣”静”」


突撃してくるゴブリンを、双子の隊士が薙ぎ払う。

一方は炎を纏った細剣で。

一方は冷気を放つロングソードで。

交差する炎冷は混ざり合い反発し、斬撃の後に空気の破裂するような爆発を巻き起こす。

斬られたゴブリンは言うに及ばず、周囲の魔物ごと屠り去る範囲攻撃。

爆風に叩かれ捲り上がった地面と舞う砂ぼこり。視界を遮る煙幕から複数の人影が飛び出した。

下段に構えるのは風を纏ったサーベル。


「「風刃”裂”!!」」


駆け抜けるは風魔法を操る隊士たち。彼らの挙動は風に舞う羽のように軽やかで、瞬速というに相応しい。

弓を構えたゴブリンが矢を射かけるが、それらはすべて躱されるか斬り払われ届くことはない。

そのあまりの結果に踊ろゴブリンだが、一瞬後には前方にいたはずの隊士が後方におり、自身の頭がすでに胴体に繋がっていないのを遅れて理解する結果となった。


「順調だ。総員そのまま前進せよ」

「了解しました!」


オルフェリア自身も剣を振るいながら進撃する。

立ちふさがるものは、ゴブリンだろうが魔物だろうが構わず斬り捨て突き進む。

無人の野を行くがごとく、歯牙にかけない戦闘力。

そんなオルフェリアの進行方向に緑色の巨体が割り込んだ。


「グアオォ……」


でっぷりと太った体に発達した筋肉。

人の倍以上はある上背に知性の感じられない面構え。

武器の類は持っておらず、その太い腕こそが武器であるかと言わんばかりにオルフェリアへと拳を叩きつけてきた。


「ふん。トロールか。妹が手を焼いたと言っていたな」


大きいとは、それだけで力である。

実際トロールの腕はオルフェリアのウエストよりも太く、緩慢な動きの中に強大な破壊力を秘めているだろうことは容易に想像つく。

しかし、オルフェリアは表情すら変えない。


「当たらなければ、大したことない」


刹那、空間へと引かれる銀閃。その軌跡はトロールの肩を通過して数度振られる。

両腕を無くしたトロールがその場に音を立てて倒れ伏したのは、既にオルフェリアが彼の巨人へと背中を向けた時だった。




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「グギギィ、ギィ」

「そうか、ご苦労。迎撃に戻れ」

「ギィ!」

「親衛隊が出張ってきたか……」


ギュッと体に包帯を巻き、かすかに漏れる呻き声を押し殺す。


「あの伯爵の犬共は厄介だな……トロールも用意していたが、私の魔術じゃ支配しきれない……

これは止められないか」


打撲跡を包帯と薬草で処置し、上から貴族服を羽織るダクト。

状況はすこぶる悪いと言わざるをえない。


「まさか親衛隊を最初に投入してくるとは……子供に手を出したからか? 所詮平民だろうに……あの伯爵らしく甘いことだ」


いや、平民であろうが貴族であろうが同じか。そう考え直して微笑が漏れる。


「ギギィ……」

「なに、まだ終わってないさ」


傍らの心配そうに鳴く小柄なゴブリンに刃の欠けた剣を持たせ、自身も魔法の杖を持つ。

下水道から脱出して数日。いまだ傷は癒えていない。

しかし、そうも言ってはいられない。


「あの剣しか能のない猪武者ども……下手に力が強い分厄介だが、まあ……やりようはある」


『使い捨て』と割り切ったゴブリンたちを編成して、足止め要因として罠を持たせて送り出す。

今いる場所は天然の洞窟、防衛には向いている。

多少は止めてくれるだろう。

ダクト自身は杖で自身に身体強化をかけながら、洞窟の奥へと進んでいった。

何度か曲がり、分かれ道を通って、その都度ゴブリンたちを配置していく。

ただ足止めのためだけに。

そうしてしばらく行くと、唐突に洞窟は終わりを迎えた。

洞窟の行き止まり、その岸壁に取り付けられた木製のドアを最後に残して。


「みんな、俺だ」


コンコン、とノックすると、中で何かが動く気配がした後、少しだけ扉が開いた。

そこは洞窟であって、洞窟でない空間。

机や椅子、ベッドが備え付けられており、魔道具で簡単なキッチンまで作られている。

まるで人が住むような場所。

ドアの隙間からは、開けてくれたのだろう緑色の肌をした少女が顔を出した。


「ダク……ト?」

「ああ。隠れさせて済まない」

「まだ怪我治ってない、休む」

「ははは、そういう訳にはいかないんだよ」


少女の頭をなでてから部屋に入るダクト。

そこには数人の、やはり緑色の肌をした少年少女が心配そうな、不安そうな目でダクトを見つめていた。


「ダクト、なんかあった?」

「ダクト、どうした?」

「家来たちが慌ててる、どうしたの?」

「大丈夫、大丈夫だ」


ダクトは不安がる『家族』を引き寄せ抱きしめて、少しずつ、含むように言い聞かせた。


「みんな、実は今から引っ越しをしようと思うんだ。大丈夫、安心して。少し離れた森に移り住むだけだよ」

「お引越し……?」

「ここ出ていくの?」

「家来たちは?」


少し潤んだ少女の目から、ダクトは優しい手つきで涙を拭きとった。


「彼らは仕方がない。時間を稼いでもらおう……。その間にここを逃げるんだ。怖い人間が来る前に」


いうが早いか、彼らの了解も取らずに呪文を詠唱し始めた。

短縮じゃない、完全版の転移術式。

しっかりと目的地も設定してある。


「伯爵縁の者を殺せなかったのは無念だが、それよりも、今は逃げる方が先決だ」


自分にとって唯一といえる彼らを殺させはしない。


「お前を筆頭に人間は私を見下し見限った……拾ってくれたのがホブゴブリンの皆。ならば守る、何としても」


人間なんて知ったことか。そんな愚痴を零し、ダクトは術式を起動する。


「目的地王都北部、境界山脈監視砦跡地」


今は打ち捨てられた廃墟。ダクトの事前に設定した避難所。

そして今日からはダクトとこのホブゴブリンたちの居場所となる場所。


「みんな大丈夫だから……転移発動!」


瞬間、まばゆい光が洞窟内を駆け抜けて……。

数瞬後、そこには生活の痕跡ある空間だけが、虚しく取り残されていた。








ここまでお読みいただき有難うございます。

2話続けて主人公目線より離れまして、すいません、、次回は主人公視点です。

宜しくお願いします。


次回更新は4/1を予定しております。

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よろしくお願い申し上げます!!!










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