第42話 出張!猫のヒゲ!
応接室でエルフィン家との付き合いを見直そうとした時から半刻ほど後。
エグジムはエルフィン伯爵家でもいっそう立派な扉の前に立っていた。
その場にいるのはユーリとエグジム、ローゼルの三人。
エリウッドは様子を見に来ただけとかで、エマと一緒に仕事に戻っていった。
「失礼します旦那様」
「ああ、入りなさい」
ローゼルが小さなノックの後に扉を開けて小さく頭を下げる。
「来ましたわよお父様」
「おじゃ、いえ、し、失礼します」
「はっはっは! そう緊張しなくてもいい。友人の息子なのだからな!」
豪華でいて嫌味でない。華美でいて派手でない。
絶妙なセンスの調度品で整えられた室内は伯爵家の権威を高めているようで。
その部屋の奥、巨大な一枚布に描かれたアンダーウッドの地図を背にして執務を行うシュバルトが
豪快に笑いながら来客を歓迎した。
ここはエルフィン家の当主シュバルトの執務室であり、シュバルト専用の応接室を兼ねた部屋。
一般の来客が通常の応接室に通されるのに対して、ここはシュバルトに近しい者しか招かれない部屋。
考えるほどエグジムが居るのが違和感しかない貴賓室である。
「まあかけてくれ。ユーリのわがままに付き合わせて済まなかったね。また改めて礼はするよ」
「いやその礼なんて」
「いいからいいから」
シュバルト付きのメイドが紅茶をいれて一同の前に並べる。
本日何度目の紅茶だろう。何杯目でも変わらず美味しい。
これは家で淹れる茶葉が物足りなくなるかも……。
メイドさんによって微妙に味が違うのも面白かったり。
「さて、まあメインはユーリのわがままなんだけど。手紙としては仕事の依頼って感じで呼んだからね。
お仕事も頼みたいんだけど、いいかい?」
「勿論です!!」
「おぉう……なぜそんなに食い気味なのかな」
「それは……」
正直に言おう。こんな自分とは生活水準が違いすぎる家に目的もなしに居るのは落ち着かないからだ。
仕事をしていれば、そのためにいると理由がついて腰も据わるというもの。
そんな内容を説明したらユーリの目がだんだんと座っていった。
伯爵も苦笑している。
「エグジム君。目的もなし……っていうなら、今度からはユーリの友人として『遊びに』くればいい。
これなら目的になるだろう?」
それはアウトではなかろうか。身分とか。
「身分は気にしなくていい。というか気にするならビリームなんて何度も打ち首だよ」
「間違いありませんな」
いつの間にかシュバルトの背後に立っていたシューインも、可笑しそうに同意する。
何時からそこに居たのか気になるが、同じくらいに彼が手に持った物にも興味を惹かれた。
エグジムの視線を感じたのだろう、シューインがおもむろに手荷物、否、しっかりと鞣された
革を広げて見せた。まるで本物の夜空を広げたかと思うくらいに深みのある闇色の革。注視してると
まるで夜空の草原に立ち尽くしているような錯覚を覚える。
「すごい……」
思わず、といった感じで感嘆の息が漏れる。
「おや、やはり本職ですね。わかりますか?」
「それは革……と絹ですか?」
「正解です。正確にはジャイアントバットの翼膜と最高級の絹素材です」
「ジャイアントバット……」
洞窟の奥を好み、魔物すら捕食して血も実も食らう夜の魔物。
その前身は夜を固めたように漆黒で、とくに翼膜は頑丈でありながら薄く、
加工が難しい代わりに仕立てることが出来れば大変な実績となるだろう。
エグジムだって数年前、まだまだ見習いのときに父から見せられて以降になる。
あの時は全く針が通らなくて悔しい思いをした。
しかし今なら……。
「これをお持ちになられたということは……」
「はい。エグジム様にはこちらで旦那様の礼服を仕立てていただきたく」
「おぉ……」
願ってもないリベンジの機会。
貴族家に居る緊張が、エグジムのプロ根性に敗北した瞬間だった。
「いつまでに仕上げるのですか!?」
「できれば一月後の夜会までには仕上げてほしいね。革をメインで絹は裏地に
するような形でお願いします」
「承知しました!! ではまずは採寸をしましょうか!」
それからシュバルトの採寸を細かくとっていき、剣士として鍛えた身体がしっかりと映えるよう
礼服のサイズ票を完成させていく。
その後は細かい聞き取りだ。夢中になったエグジムは隣でユーリがむくれているのに気が付かない。
「ネクタイの色は」
「そうだね、ループタイを合わせるから……色は」
「ふむふむ、でも紺色では目立たないかも……」
常に携帯している半紙の束を取り出してメモを書き連ねる。
礼服上下はジャイアントバットの色味を生かした夜色。
袖、足元、襟には金糸での刺繍を施し、地味でなくかつ、華美になりすぎない
上品な仕上がりを意識する。
タイはループタイでこちらも金の紐を使用する。留め具は伯爵家の紋が入れられた
もの。シャツは少し灰色に寄せた白を使用しで落ち着いた雰囲気を作り出す。
「ジャイアントバットの翼膜は加工が難しいと聞きます。もしよければ当家の
兵士に指示を頂けたら切らせてもらいますが」
「大丈夫です! 実は私も良い道具を……あれ?」
腰に手を伸ばすと、スカッと華麗に宙を切る。
「エグジム様。もし腰の剣をお探しなら当家の警備兵に預けられたかと」
「え……」
思い出す。そうだ、城に入るときに武器類は没収されていたんだった。
「おや、エグジム様は剣も使うんですか?」
「いえ、剣のようですが、仕事道具でもあるんです」
「ふむ……ローゼル、ちょっと兵士に言って届けさせてくれ」
シューインの問いに対するエグジムの返答を聞き、シュバルトがローゼルに指示を出す。
ローゼルは綺麗な礼をすると、執務室の外へと向かった。きっと廊下に待機の兵でもいるんだろう。
数分で室内へと戻ってくる。
「数分で届くそうです」
「わかった。ならそれまでの間……」
ちらりと伯爵が娘を見る。とてもソワソワしてはシュンと肩を落としている。
まるで待てをされた犬の様……。
「ユーリ、エグジム君に当家の縫製室を見せてあげてくれ」
「わかりましたわ!!」
役割を与えたら途端に元気になるお嬢様。そのままエグジムを「早くいきますわよ!」と
急かしに急かしている。
伯爵は自分の娘に犬のしっぽを幻視した。とても激しく振られる立派な尻尾を。
予約投稿忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
すいません、遅れました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最近地酒(日本酒)が増える我が家です。
しかも、珍しいお酒ばかり!
夕食が捗りますね!ビールや焼酎は飲めないからありがたい……
次回は3/26の更新予定してます!
え、もう3月ほぼ終わるってマジ?
時間はやぁ……
評価、ブクマ待ってます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます