第43話 なんだか大きな背中

エグジムは今、猛烈に感動していた。


「お、おぉぉぉぉ!」


壁一面にずらりと並ぶ色とりどりの糸は、もはや名称の描く壁画のごとく胸を打ち。


「おおぉぉぉぉ!!」


明らかに広く、頑丈で、機能的であり、かつデザイン性にも優れた作業机は輝いて見え。


「おぉおぉぉぉぉぉぉ!!!」


棚に丁寧に畳まれた各種布地はどれも高品質。もし扱えたとしたら、なんて考えるだけで幸せになれそう。


「おぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


更に、ダメ押しに、ボタンや金具、革素材など痒いところにヘカトンケイル並みに手が届くラインナップ。もう届きすぎて全面カバーしてる。

ここまでの、ここまでの部屋を見たら……。


「おおぉぉぉおぉぉぉわぁぁぁxtygakgjugtgses!!」


エグジムの語彙が死んだ。

むしろ発音が死んだ。

何で叫んだか自分でも分かってやしない。

心のままに迸るのだ。


「そこまで喜んで……喜んでるんですの?」

「通り越して感動してるのです!」

「そうですのね! まあこれくらい当然ですわよ!!」


ユーリ、渾身のドヤ顔。拝むエグジム。

それを涼しい顔で受け流す待機のメイド達。

流石のプロである。


「お待たせいたしました。こちらで……失礼しました」


丁度膝をついてユーリを拝み始めたタイミングで、剣を抱えて入室しようとしてきたローゼル。とても綺麗な仕草で退出しようとする。

慌てて止めるユーリ達。


「てっきり、お嬢様の知られざる趣味かと……」

「違いますわよ!」


閑話休題。


「よしやったるか!」


作業机の上、きっちりと整頓された素材の前に気合を一発。

傍らには高級品とわかる縫製セットとガンド謹製のバトルシザー(改名募集中)。

まずはシュバルド伯爵のサイズ情報をローゼルに聞きながら図面に起こしていく。

シャツ、ズボン、ジャケット、ベスト。色合いや生地の質感を合わせるために手袋とネクタイもセットで。

次にそれらを原寸大の型紙へと反映させる。これがまた、時間がかかるのだ。

裁縫というより製図。ここで寸法を間違えればよい出来の服なんて生まれるべくもない。

何度も寸法や角度を確認しながら作り上げていく。


「もう何時間もやっておられますわね」

「あの、そろそろ休憩を……」

「聞こえておられないようですね」


メイドたちが作業に集中するエグジムを見守る中、ユーリはエグジムを見守っていたかと思うと厨房へ走り、自ら飲み物を準備してエグジムの邪魔にならない位置に用意した。


「せっかくお嬢様が用意されたのです……お声がけしないのですか?」

「あんなに集中しているのに、邪魔なんてできませんわ」


部屋を出る時も、戻るときも、音をたてないようにスルリと動き、用意が終われば室内備え付きの椅子にて作業風景を見守っている。

ローゼルも室内にいたほかのメイドたちに「ここはいいから、もう退勤しなさい」と声をかけて、自分は主人の横にすっと控える。

時刻はもう夕飯時になろうという頃合い。昼過ぎにエグジムを裁縫室に連れてきてからもう四時間は経過している。

その間ユーリは本を持ち込んでいるものの、この部屋から動こうとはしなかった。


「お嬢様、そろそろ夕食の刻限ですよ」

「お父様たちには私は遠慮しますと伝えておいて下さいまし。料理長には二人分の料理を取り置き、お願いしておいて」

「承知しました」

「ありがとう。今はね、見ていたいのよ」


作業台に向かうエグジムは疲労も空腹も感じていないかの様に、脇目も降らず一心に没頭している。

ひとつのことに、全力で。

その姿が、ユーリにはなんだか眩しく見えた。

伯爵家の娘という立場は、経済的にはとても恵まれたものだろう。

しかし、決して楽な立場ではない。

習得しなければならない知識、熟す訓練、施される教育。

あまりに多岐にわたる義務に押し流されるように生きる日々。

ユーリは1人の個人としてのユーリであると同時に、伯爵家の長女としての義務も負う。自分1人だけの人生ではない。

シュバルドはよき父、よき領主だ。娘であるユーリには自由に幸せになってもらいたいという気持ちが強い。

しかし現実としてはそういう訳にはいかない。

同年代の平民の子供が親に甘えている時間を家庭教師と過ごし、友人と遊んでいる時間を貴族故早期に覚醒された魔法の習熟に費やし、家の手伝いをしている時間を武術やマナーの鍛錬に費やした。

勿論、それに不満はない。

立場故、当然なことと受け止めてもいる。

しかしそんな事に日々を費やしていると、ふと思うのだ。

あちらこちらを見る必要のある中で、自分の存在を見失っていっていることを。

多くのことに精通し、多くの知識を身に着け、貴族としてあるべき教養を収める。確かに収めた。

しかし、自分にあるのはそれだけだ。

自分の心を支える思い出や、立場関係なく付き合える友人。そういった『物語の中で見た少年少女の姿』を自分は何一つ持っていないことに気が付くのだ。

そんなユーリにとって学園入学は「今を変える1矢になるかもしれない」、そんな一筋の希望を夢見る場でもあった。

父親だってその後の友人になる傭兵たちと暴れまわり、今は立派に領主をやっているんだ。

自分もここ以外の場を知りたい、持ちたい。何か知らないものと出会いたい。

そう思いつつ変わらない日常に「学園入学の用意」というあまりにも些細な変化しか訪れない日常を過ごしていた時、制服を受け取るだけだった用事で、彼女にとって大きな出会いがあった。


『あと私のことはユーリと呼んで下さいます? お父様同士も友人の様ですし、私共も仲良くいたしましょう?』


つい言ってしまった言葉。まあ普段から兵士たちには遠慮なく接しているのでその延長線上でもあったわけだが、その日初めて会った仕立て屋の息子はユーリにとって初めての同年代の友達となった。

そして今、その友達が真剣に仕事をする現場に同席している。


「私たちとは違う、1つのことに全力で取り組んで、やり遂げる背中を見ていたいんですの」


初めての友人、全く違う世界に住んでいる男の子。戦闘は楽しいとは思うが、それ以外は惰性と習慣と義務感で生きている自分とは違い、悩んで笑って考えて、しっかりと自分の意志で生きている少年の背中が……ユーリにはなんだか少し大きく見えた。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます!!

ギリギリ……ギリギリ26日中に間に合いました!!

なんとか更新できました!!

最近不安定ですいません……


次回更新は3/28を予定してます。

今度こそは日中に、出来れば朝に!頑張ります!

評価やブックマーク、どうか、どうかお願いします!!












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