第32話 商店街の休日……休日?

朝日というには低い日差しがカーテンを透かして差し込み、室内の埃を反射して光の帯を浮かび上がらせる。

とりあえず掃除が行き届いていないような気もするが、男二人の生活だとこんなものだ。

空気中の埃が割と多い。


「う、もう少し」


春も過ぎて薄めになった布団を引き寄せ、まるで抱き枕のようにして微睡に身を任せる。

夢の中に入るか入らないかのこの狭間が、何とも言えない心地よさを作り出す。

もう寝るのはこの至福を味わうための前座なのかと思うほど。

むしろ目覚めるのは単なるゴールであり、そこまでの過程こそが主役なのだ。

たとえるならハムサンドのハム、ホットドッグのソーセージ、食パンの白い部分。

なお異論は認める。

とにかく、そういった主役の部分が微睡、つまりは二度寝なのだ。

この至福を味わわずに、何を楽しみにしろというのか。


「うーねみゅみゅ……」


すでに言語も怪しくなってきている。

むしろ何を言っているのか自分でも分かっていない。

発言時にはこう言おうとは思っているのだ。しかし微睡の流れに流されてとてもスムーズに忘却される。そしてそれを不快とは思わずに快楽の船に揺られてそのまま次の夢の世界への片道切符を購入する。

まさにジャスティス。二度寝サイコー。いや三度目? 何度目?

もういいや、オヤスミ……


ゴーン

ゴーン!


「はっ!!」


アンダーウッドの空気を貫く、鈍くも響く鐘の音。

あまねく人に時間を知らせる衝撃が迸ること……13回。


「やっば昼過ぎてる!!!」


まどろみの福音は遥か彼方。

押し寄せてくるのはどうしようもないリアル。

つまり。


開店時間過ぎている。


「やばいやばいやばいやばい!!!」


着替えか、身だしなみか、食事の支度か、仕事か。

頭の中はまるで絡まった糸玉のようにこんがらがり、自分の行動もしっちゃかめっちゃかに。

そして何をどう思ったのかパンツ一丁でシャツを片手に部屋を飛び出し。


「あれ、エッくん……あ」

「おや、結構いい身体」

「え、リーファさんにレミさ……キャーーーーー!!!」


すっかり二人がいることを忘れていたエグジムは、まるで乙女のような悲鳴を上げて自室へとUターンした。

エグジムの青春に新たな1ページが加わった瞬間だった。






何人もの少年少女が誘拐され騎士団まで動いた事件から一夜明け。

夜を通して走り回った商店街の人々からは、昼まで起きられない人が続出した。

ゆえに午前は閉店が多かった商店街。しかし問題はなかった。

なぜなら客側も同じ状況だったから。


この日はアンダーウッド全体が寝坊してしまった、ある意味貴重な日といえるかもしれない。

しかしこれは示し合わせたわけではなく、あくまで単なる偶然。

ゆえにタイミングは違えどもお昼を過ぎたあたりから、あちこちの家で悲鳴が響き渡った。


バタバタと準備する足音、急いで店を開けようとする店主、野菜を並べようとしていつもは芸術的なまでに積み上げられる野菜を崩してしまう八百屋さん。


普段一部の隙も無い宝飾店の店主だが、この日ばかりはモノクルがずれておりオールバックも所々跳ねている。


昨夜施錠を忘れていたのか、「猫のひげ」のお向かいにあるミリリの実家たるカーテン店のドアが思いっきり開き放たれ、今まさに店を開けようとしていた店主、つまりミリリの父親が勢い余って通りに転げだしてくる。


ミリリの「お父さん大丈夫!?」という悲鳴が聞こえてくるのをバックで聞きながら、エグジムもやはり開店準備にテンパっていた。


「えーとえーと、カーテン開けて、昨日の新作をトルソーに……あ、ガンドさんへの作業着も包まなきゃ!」

「今日の予約は、取り置きは……帽子ができてないっ!?」


父も息子もてんやわんや。特に「明日早起きして仕上げればいいや」と余裕をかましていた父親は仕上げが残っている帽子を見つめながら、顔色を純白のレースのようにしている。


「うわぁ、大変そう……」

「ほらミーファ、掃除くらい手伝うよ」

「はーい」


一方、傭兵娘たちは居候ゆえに緊張感なく、できることを手伝っている。

特にレミは軽い料理のスキルがあったようで、彼女お手製のサンドイッチはエグジム親子に泣いて喜ばれた。


「昨日あんなことあったんだから、休めばいいのに」

「お店持つってことは、そういうわけにはいかないんでしょ」


基本的に自由業たる傭兵は、1日働いたら1日休むのが通常スタイル。連日なんて依頼の都合でもない限り、やるのは金に余裕のない奴らくらいだ。ゆえにミーファとレミは本日オフ。手伝っているのは居候ゆえの宿賃代わりだ。

もちろん商店街の中にも開き直って「本日休業」の札を下げる店舗もちらほらある。

しかし、ライフラインと自負する食料品店や、予約客を持つ「猫のひげ」みたいな店はそういう訳にもいかない。

急に閉めにくいのだ。

あと単純に条件反射的に開店している節もある。

あらかじめ決めた休業日以外は基本、開店する。骨身にしみたライフスタイルはそう簡単には曲げられない。


というわけで昼を回ったアンダーウッドは一時期阿鼻叫喚の騒ぎとなり、少し後に半数以上の店が開店した。

こんな日くらいは休んでもいいのにと客には思われたが、それはそれ。

半日寝坊して休んだようなもんだと開店した店主たちは考え、いつも通りに商いに精を出す。

交易都市アンダーウッド。そこの商店街はたくましい。


「邪魔するよ」


ずれた体内時計をあくびで噛み殺し、徹夜も辞さない入学前シーズンよりはよっぽどマシだと自分を納得させ、予約客へとコートを手渡していたエグジムの耳に新たな客の声が届いた。


「あ、はーい。少々おまちくださ……い?」

「やあ、久しぶり」


エグジムの振り向いたその先、店のドアを開けて入ってきたのはトラブルを引き連れ現れる少女、もといフェリム。

客商売は印象第一だ。しかし、それよりも優先すべきことがある。


「お引き取りください」

「なぜ!?」


昨日の今日でもう、トラブルは御免なのだ。













ここまでお読みいただきありがとうございます!

只今、書類仕事に難儀してる作者です

なんで仕事の文章書くって辛いんだろ……

同じ日本語なのにね、ふふふ


評価、ブクマお待ちしてます!!

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