第5話 水滴は箱を伝う
世の中摩訶不思議なこともあるもので、事実は小説より奇なりとも言います。
まさかミミー先生がまさかミミックだったなんて、そんなことあるかよ……。確かに、今思えば名前からしてそうだなって気付けたかもしれないけどさ、でもこういう場合ってさ、世界最強ドラゴンとか、世界から恐れられている強者だったりじゃないのか?よりによってこんな、
「何だよ、なんか文句あるのか!文句しかないって顔してんぞお前。」
「いえなんでも…。」
何故最初に出会うのが口から手が生えてくる奴なんだ。どうなってんだよあそこブラックホールか?まあいい、それよりも確認したいことがあるんだ。
「そんなことより先生。」
「どうした、俺のことが気になるか?」
「それはもういいですよ。じゃなくてですね、僕が今どうなってるかを聞きたいんですよ。」
「どうってお前、自分で見えねえのか?」
そりゃそうだ。顔はまだしも今こうして視界があるなら、こう腕を伸ばせば下から…
「…腕が蔓になってる。嘘だろ…?」
驚愕のあまり膝から崩れ落ちる。まあ膝なんてないだろうが。顔が冷たい。天井から滴る雫が頬を伝い、地面へと滲む。
「泣くことかよ、シャキッとしろシャキッと。」
「多分今の状態でもシャキッとしてますよ。…新鮮ですから。」
「そんな屁理屈は知らん、早く立て。」
すくっと背を伸ばす。この場合は茎とでも言うべきか。よくしなる。首みたいだな。
なんというか、先生の声は聞くと元気が出るな。太陽みたいだ。
…なんか感性まで植物みたいになってるな。
なんて考えていると疑問が浮かび、徐に口を開く。
「僕はなんで喋れるようになったんですかね。別に変わった感じはしなかったんですけど。」
「そりゃそうだろ。植物が成長する時に音なんざ出る訳が無ぇからな。あと、お前、そうだお前名前は?」
「そういえば言ってなかったですね。僕は草薙剣、草薙でも剣でも好きな様に呼んで下さい!」
「そうか、じゃあツルとでも呼ぼうかな。」
「切り取りがほぼ見た目で決定されてる!?」
「はは、冗談だよ。クサナギ。」
閑話休題。
「ところで僕は何になったんですかね。いきなり声が出る様になったし、腕も伸ばせる様になって、こうして首も動かせるようになって、目も見える様になって。僕は一体何なんでしょうか。」
「そいつはお前が食物になったからだろうな。食らう植物と書いて食物だな。こいつは魔物と呼ばれる生物でもあるし、植物でもある。しかし、強くなるにしてももっと別のがあったろうに、なんでわざわざこんな魔物になったんだお前。」
「何でもなにも、いつの間にかなってたしな。強いて言うなら、その時不便だと思っていたことが可能になった感じがしなくもないな。」
「だからってお前、人生で数える程しかない進化をそんな…」
先生がぶつぶつ呟いているが、今こうして話せているだけでも価値はあったと思う。ありがとう先生。
しかし、いつまでもここにいても進まないしな。そろそろここから出ていかないとな。
先生、と一言。
「どうしたクサナギ。」
「いやその、そろそろ出発しようかなと思っているんですけれど、その、あー、とですね…先生も、どうですか?一緒に、なんて…」
「……。」
「いや、先生が嫌でしたら全然構いませんけどね、一人じゃ不安だというか、こういうのって二人が定番というか、大体誰かがいるものじゃないですか。だから…」
天井に水滴が集まり、二秒、三秒か。暫しの静寂が密室に訪れる。ややあって。
「…すまねぇ、行ってやりたいけど悪いな、俺は無理だ。俺はここから動けないからな。」
「動けないんですかそれ。なら仕方ないですよね、そう仕方ない。じゃあ僕は行きます。色々とありがとうございました。このご恩、必ず果たします。」
「諦めるのが意外と早いなおい、もうちょっと食い下がったりはないのか。」
「そんな漫画の主人公みたいなキザなことはしませんよ、だって僕は主人公じゃないんですから」
先生が何やらモゴモゴなっているのを尻目に、根を地面から引き抜いた。
地面は硬いが、足は軽い。これならなんとかなりそうだ。
そうして僕は、第一歩を踏み出した。
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