第17話 外堀町(4)

 珊瑚さんごの後に続いて月白達は外堀町を歩く。あともう少しで農作地を抜けるところだった。


「……珊瑚……か?」


 後ろから声を掛けられ月白つきしろ達は一斉に振り返る。そこには珊瑚よりも若いか同い年ぐらいの少年が立っていたのだ。その姿は薄汚れ、所々青あざが見えた。黄色味のある赤い髪は土埃でくすんでいる。

 裕福な農作民といっても全ての農作民が平和に、牧歌的に暮らしているのかと思いきやその実態は異なる。どうしても貧富の差、使役する者とされる者が生まれてしまう。使役する側で真っ当な人の扱いをしている場合は少ない。力づくで、威圧して、使役する者が圧倒的に多かった。恐怖こそ人を思いのままに動かす一番簡単で有効な方法だったからだ。

 月白は一目見てこの少年が使役される側であることを悟った。


「……京緋きょうひ

「お前、逃げたよな!村の皆を見捨てて……」

「……」


 目の前までやって来た京緋は珊瑚の襟元を掴んだ。


「卑怯者!皆散り散りになってどれだけ苦労してると思ってるんだ!武器を持ってた連中は殺されたんだぞ。お前の家族だって今頃どこかで使役されてる。それなのにお前だけ……」

「俺だって!今日まで生き残るのに必死だったんだ!自由を手に入れるには逃げなきゃならなかった!俺はお前と家族に逃げようって言ったじゃねえか!」


 京緋は珊瑚の襟をより一層強く引き挙げる。その反動で珊瑚が手にしていた月白の荷物が地面に落ちた。


「苦労した?どこかだ?そんな綺麗な格好をして……。赤ノ国から逃れられるわけないだろう?俺達に自由はないんだ。この世に使う者と使われる者が存在する限り。お前を役人に言いつけてやる。そうすればお前だって俺や家族と同じ苦しみを味わうことになる」


 京緋は微笑を浮かべて言った。珊瑚は顔を真っ青にしてただ京緋を見る。いつも口が達者な珊瑚だったがその時ばかりは何も言い返せなかった。

 それを見かねた月白が京緋の腕を掴んだ。京緋が弾けるように月白の方へ視線を向ける。


「離してくれ。私の従者なんだ」

「なんだ?このあま


 京緋は腕を上に振り上げた。振り上げた手が月白の笠に引っかかり頭の後ろに落ちる。反射的に灰青が飛び掛かろうとするがそれを月白が片手で制する。


「なんだ。主人は色の無い人間かよ。よく見たら隣にいる奴も色が薄いな。劣った人間の側にいたって大した者にはなれない。合わせて役人に差し出してやる!」


 月白を馬鹿にされた灰青が刀の柄に手を掛ける。月白は灰青の手に軽く触れ、静かに首を振った。


「気が付いていなようだから言ってやる。お前が今ここにいるのは紛れもなくお前の意思だ」

「は……?」


 月白は笠を直さないまま続けた。白い髪が朝光ちょうこうに照らされて優しい白い光を放っている。


「一番悪いのは私腹を肥やそうとした領主だ。だがそれに反抗することも、更に他の信用できる者に訴えることもできたはずだ。珊瑚とともに逃げることも選択できただろう」

「そんなことできるわけない!赤ノ国で律を破ることは死ぬことだ。権力を持ってる奴に敵うはずがない。俺や他の村の皆もそうだ。身を落とすしか生き残る道がなかったんだ」


 京緋が月白に不満を吐き出す。


「選択肢は常に複数存在する。1つなんてありえないんだ。それしかないと思うんならそれはお前の見識が狭いせいだ。国は他にもある。生きる道も人の数だけあるんだ。

 その選択肢を打ち消しているのは支配者のせいではない。全部お前自身なんだよ」


 京緋は月白の言葉を聞くと珊瑚を掴んでいた手の力を弱める。悔しそうに唇を噛み締めた。


「ここから抜け出したいならまず、お前のその『抜け出せない』という思考から抜け出せ。自分で自分の生きる道を取り戻せ」


 乱暴に珊瑚と月白の手を振りほどくと京緋は踵を返して視界から消え去った。


「さあ。行くぞ珊瑚」


 月白は何事もなかったかのように笠を被り直すと京緋が走っていった方向とは逆の方向を向く。灰青も笠を深く被り直した。


「……俺、あいつとすごい仲良かったのに……。家族みたいな仲だったんだよ。馬鹿みたいに騒ぎ合ってさ……。だけどあんな風になっちまうんなんて」


 月白の背後で鼻声になった珊瑚がたどたどしく言葉を紡ぐ。


「こんなことになるなら……。大切な人に恨まれるなら自由なんて手にしなきゃ良かったのかな?」


 月白は振り返らずに答えた。


「さあ?それは分からない。良かったかどうか決めるのはお前だけだよ。ただ私はお前に道案内をしてもらって助かってる」


 その言葉を聞いて珊瑚は目元を腕で拭う。地面に落とした荷物を広いだげると走って月白達に追いついた。

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