第16話 外堀町(3)

「怒んねえの?」

「何が?」


 農作民が住まう区画を東に逸れ、宿屋が集まる区画まで移動していた。うまやを併設しているので所々から馬の声や獣の香りがする。

 先頭を歩く珊瑚さんご月白つきしろに恐る恐る声を掛けた。


「さっきのだよ。赤城下せきじょうかに住んでる奴らって外から来た奴への当てつけが凄いんだ。同じ赤ノ国の人間でも城の外に住む農作民のことを見下してる」

「別に?怒る気力もないしさとしてやるほど私も聖人じゃない」


 月白が手をひらひらと振ってみせる。


「自分と違うものを蹴落とすことでしかおのれを確立できない。全く哀れな生き方だ。私はそんな思考のまま一生を終えたくないね!そんな生き方は絶対につまらないし己を落としかねない」


 珊瑚は月白の言葉を聞いて新鮮な気持ちになった。心に気持ちのいい風が吹き込んできたような気がする。物憂げそうな表情をしていた灰青はいあおも月白の言葉を聞いて安堵した表情に変わっていた。


「国、周りの人間がどんな状況であろうとも己のことは己で認める。他の者の存在については見上げることも見下げることもしなくていい。同じ目線で話す。それだけでいいんだ」

「……あんたって教えを導く奴みたいだな。村に時々来る……なんだっけ?」


 先ほどまでの不愉快な気持ちがどこかへ吹き飛ぶ。顔を上げて歩きながら考え込んだ。


伝教師でんきょうしのことか?白ノ国にもいる。大水泉だいすいせんを信仰の対象としてる人のことだろう。残念ながら私はそこまで大水泉に思い入れはないよ。水が無くなったら困るけどね」


 その返答を聞いて珊瑚は楽しそうに笑った。


「泊まる場所だが……。珊瑚、心当たりはあるか?」

「そうだな……。宿は下級だと汚いし治安も悪い。上等なところへ行こう。あんたも一応王なんだし」


 珊瑚の失礼な発言を非難するように灰青の鉄拳が珊瑚の頭上に落ちた。珊瑚の「いってええ!」という声が辺りに木霊する。周囲の人達の視線が月白達に集まった。


「……お前だけ野宿させるぞ」


 灰青のどす黒い声を聞くと月白は吹きだすようにして笑った。


「本当に仲がいいな!珊瑚、頭の骨は大丈夫か?灰青は馬鹿力だからな」

「これが仲良しなわけないだろ!頭が割れるかと思ったぞ!どうしてくれんだよこれ以上馬鹿になったら」


 頭を抑え込み、涙目になりながら珊瑚が灰青を忌々し気に睨み上げる。なんとか拳を振り上げて闇雲に灰青に反撃しようと試みるがその拳が灰青に当たることはなかった。その様子を見てまた月白が腹を抱えて笑う。


「ほら。そんなことより早く宿を探すぞ。このままだと本当に皆で野宿になるから」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る