第18話 外堀町(5)

「ここ。看板もかかってるし良い宿で有名なんだ」


 朝光ちょうこうが沈み始めた頃、珊瑚さんごの案内の元辿り着いたのは二階建ての宿屋だった。明るい茶色の木材に紅色に近い赤の瓦屋根が一際目を惹く。看板には『柘榴宿屋ざくろしゅくや』と書かれている。看板のかかった店は国や周辺地域から認められた証とされてた。


「ざく……ろ……」


 月白つきしろが何かを思い出すように言葉を繰り返し口にする。


「月白様、ここにしよ!ここに。俺、こういうところ入ってみたいの」


 珊瑚が手を合わせてねだる。先ほどまでのしんみりとした雰囲気は何処へやら。珊瑚は切り替えの早い性質らしい。まるで子供のような素振りに月白は温かい笑みを浮かべて頷いた。月白は自分より年下の者に弱い。


「分かった。ここにするか……」

「おい。お前、態度変わりすぎだろう。月白様もすぐにこいつの言うことを聞かないでください」


 灰青が珊瑚の首根っこを掴んで牽制する。


「あの。お客様、どんなご入用でしょうか」


 店の前で騒がしくしていたので使用人が慌てて飛び出してきた。明るい朱色の髪を後ろに撫でつけた男性が困った表情を浮かべている。


「騒がしくしてすまない。こちらに泊まろうと思ってたんだ」

「申し訳ございません。生憎あいにく特等室しか開いていなくて……」


 使用人が声を小さくして頭を下げるのに対して月白は満面の笑みを浮かべる。


「じゃあその特等室で構わない」

「え?」


 声を上げたのは使用人だけではない。灰青も、珊瑚も目が点になった。


「か……畏まりました!馬はこちらでお預かりしますんで!」


 使用人は上ずった声を出すと慌てて店に戻って行く。特等室に泊まる客など早々いなのだろう。一気に柘榴宿屋が賑やかになった。

 馬を預け、宿屋に足を踏み入れるなり従業員一同がずらりと玄関に並んでいるのが見えた。全員が紅色の着物に身を包んでいる。

 その集団の中心で平伏していた壮年の男性が立ち上がるとにこやかに月白達に近づいてきた。年は四十代前半だろうか。顔に皺が刻まれているものの目の輝きは少年のようだった。紅色の短い髪をまとめて後ろに撫でつけている。


「ようこそ。いらっしゃいました……って。もしや月白つきしろ様?」


 男の顔が月白の顔を見るなり固まった。月白は笠を外すとふっと微笑んで見せた。露になった見事な白髪を目にするなり宿屋の従業員たちは釘付けになる。


「ああ。やっぱり柘榴か」

「月白様。何故城下の者にまで知り合いが?」


 左隣に控えていた灰青が声を縮めて月白に問う。月白が過ごしていたのは赤城だったはずだ。城下町の者と深いかかわりがあったとは考えられない。

 灰青は密かに宿屋の男に対して警戒心を抱く。


「実は城の者や父上に黙って子供の頃、外堀町に忍び込んだことがあるんだ。その時の馴染みだ」


 その解答を聞いて灰青は呆れながらも納得する。この風変わりな主君のことだ。子供時代も相当にお転婆だったのだろう。静かに警戒心を解いた。


「お客人が月白様なら大歓迎だ。積もる話もあることだし!」


 柘榴はにこやかに月白達を迎えてくれた。

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