第22話 内堀町(2)

「私の自室に仕掛けておいた鈴が鳴ったらしい。兵士を向かわせた時にはもう間者の姿は小さくなっていたと……。怪我人はなし。うん、上出来だ」


 月白つきしろが更に詳しい様子を灰青はいあお珊瑚さんごに伝える。


月白つきしろ様が不在と分かれば白ノ国に何処かの国が兵を差し向けてくるのではないですか?国の者に戦支度をさせましょう」


 灰青が深刻な顔つきで月白に進言する。


「そうだな。相手の目的が白ノ国だとしたら困る。それは撫子なでしこに伝えておこう」


 月白は静かに頷くと懐から携帯用の筆記用具を取り出した。白い木材を角材状にしたものの中に筆が収納されている。

 筆が収納されている先の方に墨壺がある。脱脂綿に湿らせた墨が収納されているのだ。それを筆に付け小さな紙切れにすらすらと文字を書いていく。


ついで蘇芳すおうへ文を送ってくれたことの礼でも書いとくか。撫子の文面がよほど良かったのだろう」


 月白は最後に自分の花押かおうを書き終えると紙を小さく折りたたんで伝書鳥でんしょとりの足に括りつけてある小さな筒に仕舞う。終始灰青が鳥を両手で押さえていた。

 気が抜けてしまいそうな光景に珊瑚は笑うのを耐えた。灰青の威圧感を感じたからだ。


「よーし。撫子の元へ帰れ!」


 月白の合図とともに白い鳥がどんよりとした空に向かって飛んでいく。その様子を見送ってから月白は正面を見据えた。


「敵に気が付かれる前に早い所赤城へ向かおう」



 紅色の大門が月白達の前にそびえたつ。

 赤ノ王の文を見せて門を通るとより、赤城がより間近に見えた。赤ノ王の文を見た門兵達は月白達を丁重に迎え入れる。門の側にも沢山の王華おうかが咲いていた。


「やっぱり内堀町まで来ると雰囲気が変わるなー。堅苦しいというかなんというか。外堀町よりも静かだ」

「この辺りはお偉いさんしか住んでないからな」


 月白の荷物を肩に掛けながら珊瑚が答える。外を出歩く者は少ない。身分のある者はかごで移動することが多いからだ。出歩いている者がいるとすればそれは貴人きじん官吏かんりの使用人である。


「聞いたか。王はまた民を処断したらしい。もっと処断するべき人間はいるだろう」

「青ノあおのくに、紫ノしのくにの動きも怪しいというのに」

「おい。あまり王を批判するな。王華おうかで会話を聞かれる。この前王を批判した者が死んだ聞いたぞ。赤ノ国の安寧は王の畏怖いふによって成り立っているのも間違いではない」


 通り過ぎていく使用人の会話が耳に入る。あまり穏やかではない会話に月白達は顔を俯かせた。


「失礼、旅のお方」


 正面から月白と同じく笠を被った青年が声を掛けてきた。顔を上げた月白は顔を顰める。灰青は素早く刀の柄に手を添えた。


「お迎えが遅くなり申し訳ありません。私は蘇芳すおう様の側近そっきん文官ぶんかんを務めます、深緋こきあけでございます」

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